コンボイス:リレー連載『リジツレ』第2回


◆リレー連載『リジツレ』◆
コンボ理事のみなさまはそれぞれの分野において第一線で活躍している方々です。
「リジツレ~理事の徒然~」は、そのようなみなさまの人となりが垣間見えるような、アットホームな雰囲気のエッセイをリレー連載するシリーズです。

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第2回『私の最近のモヤモヤを言葉にしておきたい』
山口創生さん(国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 地域・司法精神医療研究部)
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(モヤモヤする、、、)

2022年度から、高校の保健体育の授業で「精神疾患」についての教育が再開されます。各出版社が、新しい学習指導要領に沿う内容で教科書を作成していると予想されます。私自身が大学院生だった時に教科書図書館を訪れ、1950-60年代の保健体育の教科書を見た時の衝撃は今でも忘れません。そこには「結婚してはいけいない」とする趣旨とする内容など、優性思想的な考えが色濃く反映された記述がありました。半世紀以上が経ち、教育現場で、現代科学に基づいて精神疾患を学ぶ機会ができることは大きな進歩だと思いますし、メディアなどで取り上げられることも目にするようになりました。他方、保健体育で精神疾患を教えることに関して、いくつかモヤモヤした思いを抱えていたりもします。

1つ目のモヤモヤは、予防教育と偏見・差別を減少させるための教育との混同です。どちらもとても大切な視点で、どちらも重要です。ただ、予防教育のメッセージは「疾患にならないようにしましょう!」であり、偏見・差別に対する教育のメッセージは「疾患を持っても受け入れられる社会を創ろう!」です。両者の違いを理解した人が教壇に立つことが稀かもしれません。

2つ目は、精神的な不調について、不規則な生活や他者への相談など個人の生活や行動などを中心に語られやすことへのモヤモヤです。精神疾患の発症や再発に関連が指摘される要因(例:いじめ、パワハラなど)の多くは、個人で対処できないことが珍しくありません。それを第3者に伝えることも日本社会では難しいかもしれません。例えば、睡眠不足や不規則な生活の裏にいじめがあった場合、個人ではどうにもできないことも多いでしょう。多感な思春期の青年にいじめをうけているということを他者に相談することも難しいでしょう。いじめが極力発生しない仕組みや発生した場合の対処・環境の仕組みをより真剣に考えることが問われている気がします。

3つ目のモヤモヤは、教育の効果に対する過度の期待です。一度の教育で行動が変わるほど、人は単純ではない気がします。高校あるいは将来義務教育で精神保健を扱うことは個人的には重要と考えていますが、偏見・差別がすぐに目に見える形でなくなることまでを期待してしまうと、その目標に到達できなかった場合、落胆も大きくなってしまわないかと心配をしています。

4つ目のモヤモヤは、教育の効果に対する過度の失望です。「相談しましょう!」「多様性と受容性のある社会を目指しましょう!」というような建前的なことを教えても実際の社会の役に立たないと思う人もいるかもしれません。他方で、建前すらなかった時代における精神疾患を持つ人への対応を私たちは見てきました。むしろ、個人的には、教育の目標は社会の建前を創ることと考えています。そして、教育の効果は、数十年後に多くの人が「社会は○○だと良い」という建前を共有できたかで検討することが妥当なのかもしれないと思っています。

教育は、その国の根幹にかかわります。よって、学校教育で精神保健を教えることはとても良いとことだと思います。一方で、その内容や大切にしたい視点は今後も皆で考えていきたいですし、多くの方が意見を表明できる機会があるとよいと思っています。

(2022/4/7配信)

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