特集1 回復という言葉から離れて(232号)


特集1
回復という言葉から離れて(232号)

○「こころの元気+2026年6月号より
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回復」という言葉がプレッシャーになったとき、

少し距離をとったあとに感じた、小さな変化や安心感など


果てしなく遠く 
 蜂矢由美子さん(北海道)

 

双極症Ⅱ型です。
この病気にとって回復は寛解であり、完治ではありません(※)。
(※寛解(かんかい)は、生活に影響しないほど症状は安定しているが再発のリスクはある状態で、完治(かんち)は、病が完全に治って治療を終了し、再発のリスクもほとんどなくなった状態。)

状には、軽躁・混合・うつの波があります。
私には、これらの波がなくて体調が落ち着いていることがほとんどありません
なかなか安定しないのです。

いつまでこんな状態が続くのか、あせりはあります。
「定期的に通院し服薬もしているのになぜ?」と思います。

体調が安定できない自分を責めてしまうことも多いです。
そのうえ家族からのプレッシャーに押しつぶされてしまいそうです。
私にとっての回復(寛解)が、果てしなく遠く感じます。

いっそのこと「このような私が自分(個性)と捉えてしまうといいのかな」と最近では考えます。
苦しまぎれの末に出た考えなのかもしれませんが、軽躁のときは比較的気分もよく動けるので、そのように思える部分もあります。

「回復」という言葉から少し離れて、このような病気の私をまず自分から認めていこうと思います。
ふっと気持ちが軽く、前向きな自分になれた気がします。


1年どころか 
 たけのこ探検隊さん(山形県)

 

精神科に通うことになったときはとてもショックでした。
しかし、本などを読むと『1年くらいで治る』と書いてありました。
何とかその間だけ我慢しようと思いました。

ですが1年どころか5、6年たっても治らず、30年くらい経ってしまいました。

闘病記などを読むと『最初は治りませんでした徐々に回復していきました』と書いてあります。
私の場合「が」という逆接がなく、ひたすら治りませんでした。

必然的に家にひきこもらざるを得ませんでした。
精神科に通う病気は偏見にさらされることが多く、医者からも怒られることがありました。
苦しい日々が続きました。

が、あるとき本で目にした『ひきこもりのゴールは就労ではない』という言葉は私の心を楽にしました。
ひきこもりながら幸せを見つけていこう、と思えるようになったのです(→228号「ひきこもりながら生きる」を参考に)。

今の私はかなり制限された中で生活していますが、毎日のちょっとした変化に喜びを見出しています。


1つひとつを許す 
 山田礼子さん(大阪府)

 

発病前の自分に戻らなきゃとあせり、あがき、けど現実は統合失調症の症状にふり回され。
そんな自分をあきらめ「生きている」というより「ただ存在しているだけ」。

病室の白い天井を見上げ、目覚めるけど「やっぱりここは精神科病院か…」と廃人のような入院生活。
1年経ち、退院しても怠け者な私の生活。

落ちるところまで落ちるのだけど、そのような日々は発病前の尖っていた私の人格のトゲがポロリととれていく大切な時間となりました。
発病前の大きらいな私の性格、
発病後の怠け者の私、
その1つひとつを許すことが回復となるのではないでしょうか。

どれだけ時間がかかってもイイのです。
何度あきらめてもイイのです。
明日のための今日でなくても、今日のための今日を生きていきましょう。
「私はまだまだだなぁ」と
「私にでもこれがひとつできた。やるじゃん私!」を重ねて生きていきましょう。

「何のために生きているのか」と悩み苦しんだけど、「何を想って生きていくのか」と問いかけ直してみてもイイのではないでしょうか。

 


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