特集2「自分らしさ」が見えないそのときと、その先に(229号)


特集2
「自分らしさ」が見えないそのときと、その先に (229号)

○「こころの元気+2026年3月号より
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筆者岩谷 潤
精神科医
一般社団法人COMHCa 共同代表
あちこちシネマ 主宰


病は時に、その人の生活を大きく変えてしまいます。

病の影響

ものごとの感じ方や考え方にもしばしば影響がおよび、多くはポジティブな方向ではなく自信を減じる方向に働きます。
古くから、そのような影響が疾患ごとに記載されてきました。

たとえば、うつ病では過去を後悔し今のものごとも悲観しやすい、
不安障害では現在と未来に対して不安を抱きやすい、
統合失調症では緊張や不安が持続しやすい、
トラウマをかかえると「何とかなる」という感覚が失われやすい、などです。

さらに人は、苦境におちいるとその原因を求める傾向があります。
「なぜ私はこうなったのだろう」という問いはとても人間的なものですが、現在よりも過去を向いてしまうという落とし穴にもなります。

2つの時間

元来「自分らしさ」を言葉にすること自体がむずかしいものです。疾患の有無にかかわらず私達は、人と一緒にいる時間と一人の時間とを行き来しながら生きています。

たとえば私は、あちらの人間関係でまじめな顔をして、こちらの人間関係で冗談や愛想をふりまき、少し疲れて音楽や文章の中で一人になったりします。
そのように2つの時間を行き来する中でふと感じられる「自分らしさ」は、「人との関係の中にいる自分」を念頭に置いています。

しかし、病を得ると多くの場合、対人関係が減ってしまいます。
人と一緒にいる時間と一人でいる時間のバランスは後者に大きく傾き、その多くは過去にとらわれたネガティブな時間となります。

しっかり眠れていないためさらに悲観的になるという悪循環も生じ、親しい人の支えにも、「するべきことができていない」と申し訳なさが苦しみを増すことがあります。
「自分らしさ(自分が何を望んでいたのか、何をしたいのか、自分のよいところ・好きなこと)」を言葉にすることは、ますますむずかしくなります。

2つの道筋

けれども、道筋は必ずあると考えています。

①時間軸を変える

1つは時間軸を変えるというものです。

たとえば現在の「よいところ、好きなこと」より過去の「(良し悪しよりも)がんばったこと、好きだったこと」のほうが探しやすいことがあります。
「物心ついてからいいことなんて1つもなかったけど、夢はあった」と、過去における未来を思い出したという方もいます。

②五感で感じる

もう1つは頭で考えることをいったん置いて感覚的なことから始めるというものです。
私達が生きている時間を主に形作るのは、自分への意識よりも五感で感じるものごとです。

たとえば「樹の緑を深く感じる」「夕焼け空がきれいだ」「今日のカレーはおいしい」「ひき肉料理はうまいな」というように。
「あのときの紅葉はすごかった」のように、過去の感覚も同じように大切です。

そのように何かを感じ思っている時間に、ほんの少しでも不安がやわらいだり、つらい記憶がうすらいだり、死に向かう気持ちを忘れられたのなら、それは症状に打ち勝つ時間と方法が1つ増えたことを意味します。

 

自分らしさ

そもそもが曖昧な「自分らしさ」が病と闘う中でわからなくなるのは自然なことなので、それを求めてあせってもよいことはありません。変化は必ず、時間をかけて生じていきます。

「おいしいな、きれいだな」という現在の感覚や「あれが好きだった」という過去の好みが、今存在する「かけら」として折り重なったその先に、「好きなこと」や「したいこと」があると考えています。

ずっと前から

けれども「自分らしさ」は、それを言葉として意識できるよりもずっと前、希望の見えない暗がりの中で、後に「自分らしさ」になるかもわからない「かけら」を1つずつ見つけたり見つけられなかったりするその姿にこそあるように、私には思えるのです。

 


○「こころの元気+2026年3月号より
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