特集3 経験者が主観で語る「精神疾患」の世界、それがなぜ大切なのか?(200号)


特集3
経験者が主観で語る「精神疾患」の世界、それがなぜ大切なのか?(200号)
○「こころの元気+2023年10月号より
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筆者:伊藤順一郎
コンボ共同代表理事・精神科医

『こころの元気+』も新刊『生きづらさをひも解く 私たちの精神疾患』も、ともに当事者が主観で語る世界です。
客観性が求められる医療との違いをひも解いてもらいました。

 

私のおそれ

今、私がおそれていることがあります。
杞憂であればいいのですが、それは、精神科医療関係者に「人を診ないで、病を診る」という傾向が強まっているのではないかということなんですね。

おそれの背景には、大きな3つの理由があります。

1.症状だけ

1つ目の理由は、診断の主流が、診断基準DSM-5とかICD-11とかの操作的診断になっているということ。

(DSM-5:アメリカ精神医学会『精神障害の診断と統計の手引き』(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)の第5版)
(ICD-11:国際疾病分類(International Statistical Classification of. Diseases and Related Health Problems)の最新)

これはざっくり言えば、どのような症状が今いくつあって、それがどのくらい続いているかということを調べて、それをもとに診断を決めるというやり方です。

もともとは、精神科医の診断が人によってまちまちなので、ベテランでも新人でも同じように診断ができるようにと作られた方法なんですが、安易に使われると、病に至るいきさつはすっ飛ばして、今どのような症状があるかにだけ、医師の関心が向くようになってしまいます。

2.診察時間の短さ

2つ目の理由は、特に日本では、診察時間がとても短いのがいまだに一般的な風潮になっていることです。

これと1つ目の理由をかけ合わせると
「短時間で症状を数え上げて、それに見合った薬を出すということが精神科医の仕事だ」
という大いなる勘違いが生まれてしまいます。

3.診察室や病棟だけ

3つ目の理由は、診察室や病棟など特別な場所でしか本人に会わないという態度が、なかなか改まらないということがあります。

とりわけ病棟という場所では「その人がどんな暮らしをして生きてきたのか」がわかりにくい。
暮らしの中で、何が起き、どのように困っているのか、それをリアルに知ろうとしないので、その「人」の姿が見えにくいのです。

けれど私達は、「人」を診る、あるいは知ることなしに、「病」を診ることができるのでしょうか?
私の答えは、否ですね。
なぜなら精神の病とは、人の暮らしの中で生じてしまった苦しさや落胆、絶望などと深いつながりがあるだろうと思うからなんです。

物語がある

一人ひとりに、病に至る物語がきっとあります。

それは、その人の限界を超えて無理を強いられ、精根尽き果てたという物語かもしれない。
孤立という状況に追いこまれ、怖くて、そのことを誰もわかってくれなくて、「もう死ぬしかない」と思っている物語かもしれない。
いつしか周囲は敵だらけ、いつもねらわれているような気持ちでひと時も休めないという物語かもしれない。
百人いれば百様の物語があるはずなんです。

病に至る事情をわからずして、どうして、人は人を支えられるでしょう?

薬を差し出すためだけだったら、病の姿だけを知ればいいのかもしれません。
けれど私達の人生は、薬だけで幸せになるような単純なものではありませんよね。

べてるの家の人達は「なつひさお」というすてきなキャッチフレーズを作ってくれましたが、
やみ、かれ、ま(役割がない)、びしい(つながりがない)、なかがすく、金がない、薬が合わない」などのさまざまな事情が、私達を苦しめているわけです。
そして、その苦しさをわかってもらえないつらさというものもあります。

耳を傾けて

だから私達は、お互いにまず人の話に耳を傾けようじゃありませんか。
「そんなの変」「ありえない」とか言わないで、その人の物語をしっかり聴こうじゃありませんか。

『こころの元気+』を長年読んでくださった皆さんは、「そんなのあたりまえ」っておっしゃるかもしれませね。

でも改めて言わせていただければ、そういう「わかろう」とする姿勢があって、はじめて人は人とつながり続けられると思うんです。

そのつながりがなければ、人は希望を持てないんじゃないでしょうか。
科学も医学も冷たい道具のままなんじゃないでしょうか。

 

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