○「こころの元気+」2026年6月号より
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筆者:宇田川健
認定NPO法人 地域精神保健福祉機構 代表理事
具合が悪くなるのを防ごうとか、
入院しないようにとか、
まわりに心配かけないようにとか、
精神疾患ともろもろの体の病気がある私としては、無理、無駄だと思って生きています。
まわりは心配しますが、押しこめられ我慢を強要され続けるなんて、生きている意味がないじゃないですか。
▼体の病気と精神疾患
体の病気(慢性疾患)なら、
「だんだんこうなって最期はこうなります。どんなふうに最期を迎えたいですか」と宣告され人生設計もできます。
「ストレスはあってあたりまえだし、もとに戻ることはないけれど、一番大切なのは、社会から離れたり寝たきりになったり、病人専用の生き方だけにならない、病気と向き合うだけの人生をおくらないことだ」と身体の医師からは伝えられます。
精神疾患も慢性疾患なので「今後こうなって、こんなふうに人生が終わるのです」と言われれば、キャリアプラン・ライフプランを持てるのですが、ありません。
「今のところ、これが精神医学の限界です。ごめんなさい」と言ってくれる精神科医は少ないです。
▼精神疾患の「回復」
慢性の病気である精神疾患の場合、医療や福祉は本来人間の持つ自然治癒力を助けるだけで、症状をとるためにちょっとした手伝いをしているというへりくだった立場なので、「医療行為はここまででしかできないので、終了」となりがちです。
家族やまわりの人は、うるさいくらい制限をかけて、かえって自然治癒力が発揮されづらくなります。
具合が悪くなっても薬や休養で症状が落ち着くことはあります。
でも、「おとなしく、じっとしていてください」は、人生のじゃまです。
むしろ医療や福祉・家族からの侵襲性がある行為です。
●医学的な回復
入院するほどの具合の悪化が終わり同じ環境に戻れれば、
「あとはよろしく。朝起きて夜眠ってください。ご飯は1日3回食べてください。外来にも顔を出してください。ご家族も安心されているのでよかったじゃないですか」
医学的な回復はこれで終わりです。
まるで「ここから先はご勝手に」のような感じですが、医療のできることは終了。
●社会的な回復
そこからは、ストレスと苦労を取り戻す生活が始まります。
症状がとれたので、また症状が出てもしょうがない環境に戻って生活をする。
このくり返しは、慢性の病気である精神疾患がある人生ではあたりまえのことです。
「リハビリをがんばって」
「よく休んで」
「これ以上〇〇しないで」は、生活の中では無理です。
大学卒業後すぐに病院や福祉施設で働き、それが社会だと思っている専門職に「指導」「サポート」される生活は、一般社会では通用しません。
常識を持つ人や常識を持たない人に出会い、「あ、これでいいのか」と腑に落ちることで、医学的・福祉的には弱くて治すべきと言われてしまう部分も自ら肯定できるようになります。
「よしこれでいけるかも。病気は病気、生活は生活。病気があっての生活ってこれくらいかな?」と社会の中の自分を見られるように自分でがんばっていく。
これが回復です。
人生なんてそんなもんです。
カタカナで言えば「ピアサポートをとおしてロールモデルに出会い、リカバリーがその人に立ち現れる」となります。
▼空を見よう
医学の限界、
自分の限界、
社会の限界、
それは誰かが悪いとかではなく、慢性疾患を持って生きるというときには自覚的に「ここまでかな」という限界はつきものです。
カタカナの
ピアサポート、
ロールモデル、
リカバリー
というツルツルした「あなたには希望が必要です!」なんてよくわからないキラキラした将来像を押しつけられ踊らされ、疲弊している私達当事者や専門職がいます。
さあ読者の皆さん『こころの元気+』なんて読んでないで空を見れば、世界は私達当事者が心地よいようにデザインされていません。
自分の回復を大切に!
「人生はこんなもんだろう」というところまできても、回復はそこで終わらないのです。
いろいろな出会いや孤立、いいこと、悪いことがある未来は、あなたの手にあります。
それが回復です。













