薬を増やせば症状は解決するのか(医師)


こころの元気+ 2014年10月号(92号)特集10より


薬を増やせば解決するのでしょうか?

医療法人財団 友朋会 嬉野温泉病院精神科医
中山享


精神症状とそうでないものとは区別できるのでしょうか。
睡眠不足が続いてひどく疲れているときの「そら耳」や「何かが見えたような気がする」「変な考えが浮かんでくる」などという体験は多くの人にあるでしょう。
幻覚や妄想は脳の不調が生み出す雑音のようなもので、誰でも日常的に経験することの延長線上にあります。

自分の失敗や気持ちなどをすべて「病気のせいでしょうね」とおっしゃる患者さんもいますが、何でも病気と結びつける必要はありません。
たとえば、必要もない高価なものを大量に買ってしまう、ということなら「躁病の症状」かも知れませんが、自分の好きなものを買える範囲で買うのであれば、多少高価なものであっても「普通の買い物」です。

病気の治療の目標は、症状を、毎日普通に楽しく過ごすのにじゃまにならない程度に小さくすることです。
ある程度症状が残ったとしても、それは個性だと思って、その「個性」とじょうずにつきあっていけばよいのです。
幻覚や妄想ですら「直感力がある」「革新的」といえるかもしれません。「少しでも症状があったら普通に生きていけない」と思いこむ必要はありません。

薬も医師も道具のひとつ

脳の情報伝達は「神経伝達物質」と呼ばれるさまざまな化学物質によっています。
この情報伝達の乱れが精神症状を生み出すと考えられ、薬の多くは神経伝達物質の調整により効果を発揮します。

しかし、神経伝達物質と病気との関係について、くわしいことはほとんどわかっていません。薬には限界があるのです。
たとえばうつ病の治療では、認知行動療法や対人関係療法という精神療法の併用が薬だけよりも効果的であるということが知られています。
つまり、精神疾患の治療は、薬だけでできるというものではないのです。
私たちは皆、病気を癒す力をもっています。
小さな傷であれば、洗って砂などを取り除き、傷口をふさいで保護するだけで自然に治っていくように、病気も、治るのを妨げる要因を取り除き、治りやすい保護的な環境をつくってやれば、それぞれに自分のペースで治っていきます。
病気を癒すのは本人の治癒力で、薬も医師もその他の医療スタッフも、その治癒力が発揮されやすい環境をつくるための「道具」のひとつに過ぎません。

感情の意味

感情は、その人の周囲で起きていることが、「その人にとって」どのような意味を持つかということを表しています。
感情を表現するのは悪いことではありません。それは、ほかの人に自分の感じ方を伝えることですし、感情を表現することで、ほかの人も、その人があるできごとに対してどう感じたのかを知ることができるのです。

精神疾患をもっている人が「突然はげしく怒り出した」というとき、「症状の悪化」と思うかもしれません。しかし、少なくとも当の本人にとっては、何か不当だと感じることがあったのです。
それはもしかすると、病気によって情報が歪められたために判断を誤ったのかもしれません。
もしかすると、当然怒っていい理由はあるのだけれども、病気の影響で反応が大きくなりすぎたのかもしれません。
また、もしかすると、理由をよく尋ねてみると、誰でも納得できる「普通の」反応だったかもしれません。

さらにもし、病気による影響があったとしても、どの程度病気が影響しているのか、一時的なものか長く続くものか、おちついてくるのか悪くなっていくのか、薬の変更で対処できるものなのか環境調整を考えたほうがよいのか等、対応は個別に異なってきます。
精神疾患で困っている人が、一見何の理由もなく感情を爆発させたり、理解できない行動をとったりしても、必ずしも「症状の悪化」「薬を増やさなければならない」とは限りません。
決めつけず、まず主治医にご相談ください。
また、主治医が処方した薬を継続して規則正しく服用することも医師との信頼関係において重要です。
症状の改善具合や副作用などを普段から正確に報告し、いざというときに主治医が正しく判断できるような関係を築いておくことが大切です。


中山享(なかやま すすむ):医療法人財団 友朋会 嬉野温泉病院精神科医
長崎大学医学部卒業。当初は精神科をめざしていましたが、縁あって生化学という基礎医学の道に進み、大学で20年ほど過ごしました。その後、一念発起して臨床家を志し、静岡徳洲会病院で内科医として研修した後、初志を達成するべく平成18年に嬉野温泉病院に移り、精神科医として勤務しています。
現在、妻と高校生の息子、中学生の娘、愛犬バディーと暮らしています。