「消えてしまいたい」気持ちに対する認知行動療法(専門職)


こころの元気+ 2011年9月号特集より


特集7
「消えてしまいたい」気持ちに対する認知行動療法

洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長
伊藤絵美


認知行動療法とは

認知行動療法とは、「ストレスの問題を、「認知」と「行動」の側面から自己改善するための心理学的アプローチ」のことをいいます。
認知行動療法では、その人のストレス体験を、「環境からの刺激」とそれに対する「個人の反応」の相互作用として理解します。
さらにその人の反応を、「認知(頭に浮かぶ考えやイメージ)」、「感情」、「身体反応」、「行動」に分けて、それらの相互作用を循環的に理解します。

ストレス体験の場合、たいていは悪循環が起きていることが多いので、今度は、その悪循環から抜け出すために、認知的な工夫(考え方を切り替える、自分を助けてくれる新たな考えやイメージを見つける)や行動的な工夫(これまでと異なる行動を取ってみる、何か自分にとって助けになる新たな行動にチャレンジする)をあれこれと試みます。いろいろ試せば、いつかは悪循環から脱出できます。

そして「ああ、こういう新たな考えが自分を助けるために役に立つんだな」、「なるほど、こういうふうに行動してみればいいのか」という新たな気づきがもたらされます。

以上をまとめると、認知行動療法は、
①自らのストレス体験を、「環境からの刺激」、「個人の反応」の相互作用、および「認知」、「感情」、「身体反応」、「行動」の相互作用として理解する
②悪循環から抜け出すための認知的な工夫と行動的な工夫を試みる
③どのような認知的工夫と行動的工夫が役に立ったかを検証する
という三つのステップから成り立っているといえます。

「消えてしまいたい」気持ちが出てきて苦しい、というのは立派な(?)ストレス体験です。
以下に、認知行動療法を通じてそのような体験にどう向き合い、どう対処できそうか、具体的に考えてみましょう。

「消えてしまいたい」気持ちを観察し、理解する

前にあげた認知行動療法のモデルに沿って、ご自身の「消えてしまいたい」という体験においてどのような悪循環があるのか、まずはそのメカニズムを理解します。
ストレス体験は、それに対して何らかの対処や工夫を試みる前に、まずはそのメカニズムを理解することが大切です。
理解できてはじめて、その悪循環から抜け出すための手立てを落ち着いて考えることができるからです。理解できていないと、やみくもな対処になってしまいます。

たとえばA子さんの「消えてしまいたい」という体験は、それをよく観察することで、下記(1.A子さんの体験のメカニズム)のようなメカニズムになっていることが理解されました。
認知行動療法では、このようにストレス体験をできるだけ具体的に細かく整理していきます。
できれば「消えてしまいたい」という思いが出てきたその瞬間に、自分の体験を観察し、下記のように書き出してみるとよいでしょう。
「観察して、書き出して、理解する」というのは、認知行動療法において最も重要な作業です。
それだけで問題が解決することはありませんが、観察し、書き出して、理解するという姿勢が習慣になると、ストレス体験に直接まきこまれずに、自分の体験に距離を置き、その体験を客観的に眺められるようになります。
「自分の体験に距離を置いて客観的に眺める」という姿勢は、専門的には「マインドフルネス」と呼ばれ、その効果が科学的にも確かめられています。

「消えてしまいたい」という気持ちになったら、その気持ちをすぐに鎮めようとするのではなく、またそういう気持ちを「あってはならない」と否定するのでもなく、ただひたすら、
「どういう環境からの刺激に対してそういう気持ちになったのかな?」
「どういう認知(考えやイメージ)が出てきたのかな?」
「それによってどんな感情が出てきたのかな?」
「身体の反応はどうかな?」
「結果的にどういう行動をとったのかな?」
と自分に問いかけ、自分を観察するのです。
A子さんもそうすることで、自らの「消えてしまいたい」という体験を自己観察し、自己理解できるようになりました。
その結果、「消えてしまいたい」という体験そのものがなくなることはありませんが、それに伴うつらさは少しずつ軽減されていきました。

1.A子さんの体験のメカニズム
【環境からの刺激】テレビで、自分と同年代の人がバリバリ働いているシーンが流れていた。
【個人の反応】
《認知》「すごいなあ、あんなにバリバリ働いていて」、「それに比べたら、仕事もしていない私は全然だめだ」
→《感情》落ち込み
→《身体反応》力が抜ける、涙が出てくる
→《行動》テレビを消して、うなだれる
→《認知》「私なんか、何の役にも立っていない」、「生きていても意味がない」「きっと家族もそう思っているだろう」
→《感情》さらなる落ち込み、絶望感
→《身体反応》胸が痛くなる、涙が止まらない
→《行動》うなだれたまま、頭をかかえる
→《認知》「もうこんな自分でいるのは、つらくて耐えられない」、「消えてしまいたい」、「消えてしまいたい」、「消えてしまいたい」…

「消えてしまいたい」体験に対し、認知的な工夫と行動的な工夫を試みる

自らの「消えてしまいたい」体験を、充分に観察したり理解したりできるようになったら、次は、悪循環から抜け出すための工夫を試みます。
「認知的な工夫」とは、頭のなかでの考えやイメージの工夫のことで、「行動的な工夫」とは、実際に何か別の行動を起こしてみることです。

たとえばA子さんは、下記2.認知的な工夫のような認知的な工夫や行動的な工夫を考えだし、試してみました。
認知的な工夫のコツは、「消えてしまいたい」と苦しんでいる自分に、もう一人の自分がやさしく語りかけるようなイメージをしてみることです。
そうすると、自分にとって助けとなるようなやさしい考えが出てきやすくなります。
それから自分の好きな人や物をイメージすること自体も、認知の切り替えに大いに役立ちます。
行動的な工夫のコツとしては、できるだけお金や時間がかからない小さな行動をあげてみるようにしましょう。

A子さんは、前にあげた工夫のリストを紙に書いて持ち歩き、「消えてしまいたい」気持ちになるたびに、まずはその気持ちをじっくり観察し、理解したうえで、リストにある工夫のどれかを試してみる、ということをくり返しました。
その結果、「消えてしまいたい」気持ちになっても、それにまきこまれず、むしろそういう気持ちになってしまった自分を、やさしくねぎらえるようになりました。
そして月日は流れ、前ほど「消えてしまいたい」気持ちが出てこなくなっていることに、A子さん自身が気づいたのです。

A子さんの例は、数ある事例のなかのほんの一例にすぎません。一〇人いれば、それぞれの「消えてしまいたい」気持ちがあるでしょうし、それに対する認知的工夫と行動的工夫も、またそれぞれでしょう。
場合によっては、「消えてしまいたい」気持ちに対して何らかの工夫をするより、「あえて放っておくほうがむしろ効果的」という人もいるかもしれません。重要なのは、自分の「消えてしまいたい」気持ちに距離を置き、自分らしい工夫の仕方を見つけることです。
「放っておく」という工夫でも、その人にとって効果的であればそれでよいのです。

2.【認知的な工夫】
「『消えてしまいたい』と思うぐらい、今、私はつらい状態なんだ。これ以上自分を責めるのはよそう」と考えてみる/
「あ、また他人と自分を比べちゃっているね。自分は自分、他人は他人。私は私のペースで、私らしく生きていけばいいじゃない、大丈夫だよ」と考えてみる/
「元気になれば私だって仕事ができるはず。それまでは治療に専念しよう」と考えてみる/
るんちゃん(小さいときにかわいがっていた愛犬)をイメージする/
5年後にハワイのビーチでくつろいでいる自分をイメージする/
好きな食べ物(ケンタッキーのフライドチキン・チョコレートケーキ)をイメージする