どうなりたいか、どうしたいかを考えてみましょう(専門職)


こころの元気+ 2010年1月号特集より


特集6
どうなりたいか、どうしたいかを考えてみましょう

東京学芸大学/福井里江


目標のある生活とは

皆さんは、何か自分なりの「目標」を持って生活していますか?
イエスという人のなかにも、はっきりした夢や目標があるという人もいれば、「こうなれたらいいな」という、漠然としたポジティブなイメージならあるという人もいるでしょう。
目標があると、生活はどのようになるのでしょうか。少し考えてみただけでも、気持ちに張りが出る、前向きになれる、少しでも達成できたときに自信がつくなど、充実感のある日々を思わせる、たくさんのよい変化が思い浮かびます。そんな風になれたら、とても素敵ですよね。

ちなみに、アメリカの社会学者のマートンは、「自己充足的予言」ということを言っています。
これは、「人はこうなるはず″と思うことと一致する方向に無意識に行動する傾向があり、その結果、予言された状況が現実につくられていく」ことをあらわす言葉です。
つまり、目標を達成した自分の姿を思い描き信じることで、あなたの行動が無意識のレベルで動き出し、目標が現実に近づいていく、ということもありうるのです。
目標を持つことは、いろいろな意味で、私たちの人生や生活に前向きの刺激を与えてくれるといえます。

目標にはしんどい面も?

でも一方で、「目標を立てる」、「目標に向かって進む」という言葉に、多少のしんどさを感じる人もいるのではないでしょうか。
たとえば、まわりから「こうなれたらいいね」、「これを目標にしてみたら?」などと言われるけれど、どうもしっくりこなかったり、目標を見つけたいけど見つからなくてあせっていたり、目標を立ててみても「希望が高すぎる」なんて言われてがっかりしたり、目標を立てたけどうまくいかなくて落ち込んでしまったり…。
どれも多くの人に身に覚えのある、せつない状態ですね。せっかく目標を持つのなら、できれば、それが前向きのエネルギーになるようにしたい…そのためには、どうしたらよいのでしょうか。

目標を前向きのエネルギーにつなげていくために

実は心理学では、物事に取り組むときの前向きのエネルギーについての研究が、盛りだくさんに行われています。人は、どんなときに前向きな気持ちでやる気になれるのか、アメリカの心理学者のデシらは、そこに三つの条件があるとしています。
以下、少しアレンジを加えながら書いてみます。

(1)自分は大丈夫、何とかやれるという感覚があること
まず、自分って何とかやれるかもしれない、捨てたもんじゃない、と思えることが、あらゆることの基盤としてとても大事です。
そのなかには、自分の持っている力について肯定的にとらえられることと、何かを達成するための道筋が描けていること、という二つの側面が含まれています。やれそうという感覚がないのに、
「目標を持ってがんばらなければ」と自分を追い込んでしまうと、それはとてもしんどいですよね。
「自分は大丈夫、何とかやれる」という感覚を少しでも得るには、自分一人だけでがんばろうとするのではなく、身近な家族、友人、支援者の応援をもらうとよいでしょう。
大きなことでなくてもよいので、あなたの小さな「すでにがんばれていること」、「やれていること」、「よさ」を誰かと一緒に書き出してみたり、達成までの道筋について誰かと一緒に話し合ってみるだけでも、ずいぶんと気持ちは変わってくると思います。

(2)自分で選んでいるという感覚があること
二つ目のポイントは、自分で選んでいる感覚があるということです。自分で目標を見つけられたらもちろん素敵ですが、家族や友だち、支援者などが一緒に考える場合でも、選択肢をいくつか探して本人が選べるようにしたり、本人が自分で決めるプロセスを応援したりできるといいですね。
せっかくの目標が、「やらなければならない」、「やらされている」感じになってしまってはつまらないですものね。やはり「自分で物事を決めている感覚」があることは、やる気の源としてとても大切なのです。

(3)家族や仲間など、大切な人との温かな関係性があること
そして最後に、大切な人との温かな関係性があることです。
気持ちが安心できる関係、親しくできる関係があることで、私たちはそれを支えにして、次の一歩を踏み出していくことができます。何らかの目標を心にキープしながら生活することは、それなりにエネルギーを使うもの。安心と親密さのある関係のなかで、エネルギーを補給してもらえたら、それはとても心強い支えとなります。

目標のじょうずな見つけ方

さて、いよいよ目標の見つけ方です。いくつかのポイントを次にあげてみましょう。

(4)どうなりたいか、どうしたいかを思い描いてみる
漠然としていてもいいですし、夢やあこがれでもいいので、まずは自由に思い描いてみましょう。もしかしたら、何らかの希望が心に浮かんでも、「今、こんなにたいへんな状況なのに、そんなの実現するはずがない」と、自分の希望を、自分で打ち消してしまうこともあるかもしれませんね。
でも、今はいろいろな困難があるかもしれないけれど、「ゆくゆくはこうなりたい姿」を思い浮かべて希望を持つことは、とても大切なことです。まわりにいる身近な人や、リカバリーの道を歩んでいる人を見まわして、この人のようになりたいな、と思う人を探してみるのもよいでしょう。

(5)思い描いたものを少し具体化する
(4)で考えたものは、まだ漠然とした希望かもしれません。それを、もう少し具体的なものに絞ってみます。たとえば、(4)で「人づきあいがじょうずになりたい」と同じように答えていても、「人づきあいがじょうずになるって、どういうことだろう?」、「もしも人づきあいがじょうずになったら、人との関わりはどんなふうに変わるだろう?」などと少し具体的に考えていくと、ある人にとってはそれは「お休みの日に、一緒に楽しく遊べる友だちができること」であったり、またある人にとっては「困ったときに誰かにじょうずに相談できるようになること」であったり、人によって思い描く内容は違っているものです。

(6)今、できそうな、小さな目標をみつける
(4)(5)であげたことを実現するための第一歩として、「今からでもできそうな小さな目標」を考えてみましょう。
ここでは、大きな目標ではなく、少しがんばれば、達成できそうな小さな目標を見つけるのがコツです。達成できたときに、「達成できた!」と実感できるような具体的な目標であることもポイントです。大きな目標も魅力的なのですが、どこまでがんばったらよいかわからなくて疲れてしまったり、どうなったら「達成できた」ことになるのかが曖昧なため、手ごたえがなかったりして、結局のところ長続きしないことが多いのです。人間はやはり、どんな小さなことでも成功体験にはげまされて自信がつき、次の行動を起こす元気が生まれるものだからです。

(7)小さな目標を達成するために活用できそうな人やものをあげてみましょう
「話すのは苦手だけど、人の話を一生懸命聞くことはできるから、それが自分の長所だな」とか、「どんな工夫があるか、○○さんと△△さんに聞いてみよう」など、目標の達成に向けて活用できそうな人やものを何でもあげてみましょう。今、自分が活用できるものは何だろう? 誰かに助けてもらうとしたら、どんな助けがほしいだろう? などです。何かにメモを取りながら考えてみてもよいでしょう。

(8)小さな成功をみつけましょう
日常のなかでちょっとした「できた!」があったら、それを素直に喜びましょう。一つ達成するたびに「できた!」と心から実感できたら、やる気も続きますし、その一歩一歩の積み重ねによって、成長につなげていくことができます。

おわりに

このように書いてきましたが、目標は「立てなければならない」ものではないとも思います。「目標なんて考えたこともない、ただ目の前にある自分にできることを、精一杯やっていくだけだと思う」というのも、大事な生き方だと思います。
また、本当に心のエネルギーが少なくなっているために、目標が思い浮かばないこともあります。そういうときは、心のエネルギーを回復させることが最優先されるかもしれません。
さらに付け加えるなら、目標を設定した世界とは異なる世界にも、意味を見出しておくことも大切なことのように思います。そうすると、目標になかなか到達できなかったとしても、少し回り道をすることで価値観も広がり、またチャレンジする気持ちになることもあるかもしれないからです。
「ねばならない」にとらわれることなく、柔軟に自分らしい歩き方を見つけられるといいですね。