コンボイス:リレー連載『リジツレ』第9回


◆リレー連載『リジツレ』◆
コンボ理事のみなさまはそれぞれの分野において第一線で活躍している方々です。
「リジツレ~理事の徒然~」は、そのようなみなさまの人となりが垣間見えるような、アットホームな雰囲気のエッセイをリレー連載するシリーズです。

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第9回『ベック先生との思い出』
大野裕さん(一般社団法人認知行動療法研修開発センター理事長)
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(ポジティブな面に目をむけて)

10年くらい前になるでしょうか。アメリカ精神医学会の学会場での出来事です。私は、車椅子に座った恩師のアーロン・ベック先生を見つけて声をかけました。でも、まったく反応してもらえません。瞬間的に「忘れられたのか」という自動思考が浮かんで戸惑った様子を見せた私に、友人が教えてくれました。ベック先生は、緑内障のためにほとんど目が見えなくなっていたのです。

しかし、ベック先生は、目が見えなくなっても、車椅子の生活になっても、自分にはまだ貢献できることがあると言って国際的な集まりに参加して、積極的に発言をしていました。できないことではなく、できることに目を向けて自分らしく生きていくリカバリーの考え方を、ベック先生自身が体現していたのです。

娘のジュディス・ベック先生によれば、ベック先生は85歳のころ、それまで認知行動療法がネガティブな面ばかりに目を向けすぎてきたことを後悔するような発言をされたそうです。その後、ベック先生は、人間誰もが持っているポジティブな面に目を向けて、それを活かし育むことに、今まで以上に力を入れるようになりました。

最近私たちが日本語訳を出版した『リカバリーを目指す認知行動療法』には、そうした新しい考えがたくさん盛り込まれています。ベック先生は、百歳で亡くなる2日前まで、リカバリーの考え方を活かす認知行動療法の仕事を精力的に続けました。

(2023/10/02配信)