認知行動療法のこんぼ亭にて(本人と医師)


こころの元気+ 2013年6月号特集より


特集5
認知行動療法のこんぼ亭にて

2013年1月26日に開かれた第13回こんぼ亭で、大野裕先生が、うつ病をかかえる小林絵理子さんとの公開面接を行いました。
小林さんがどんな考え方のクセを持ち、どんな苦労をしているのか、そして大野先生がその苦労をどうとらえたのか、お二人から気づいたことを寄せてもらいました。


 

大野先生と対談して気づいたこと

小林絵理子
数年前からコンボで「うつまま日記。」の編集やチラシのデザインなどを手掛ける。


こんぼ亭で大野先生の公開面接を受ける機会をいただきました。
あの大野先生なので会う前にたいへん緊張していたのですが、お会いした瞬間に私は緊張がときほぐれました。
大野先生はニコニコと笑顔を絶やさず、物腰が柔らかで、しゃべり方もおだやかでした。

私は楽屋で大野先生に、現在苦労していることを書いたメモをお見せしました。
内容は「自分の価値が低いと感じている。コンボで働かせてもらっているが役に立っていない気がして申し訳ない」等を書きましたが、その中の私の仕事のミス「コンボのチラシのファクス番号を間違えて印刷してしまった」という文面を見て、大野先生が「具体的な内容のほうが公開面接を見に来ている方にもわかりやすいからこれでいきましょう」ということになり、それをテーマにすることに決まりました。

私はコンボの印刷物のデザインをさせていただくことがあります。 以前、コンボの「お知らせメール便のご登録のお願い」というチラシを作成しました。
このチラシは、お知らせメール便に登録したい人が名前やメールアドレス等を記入してコンボにファックスで送るという内容です。
このチラシにはファックス番号が2つ載せてあり、上部の「こちらにお送りください」というファックス番号は正確でしたが、下に載せたファックス番号を電話番号と同じにしてしまうというミスをしてしまいました。
このチラシを一万部も印刷してしまったこともあり、ファックス番号を間違えた私は〝コンボをクビになる〟という思いこみと先読みの思考にとらわれました。

なぜこのような極端な思考におちいるかというと、私は昔、編集プロダクションで働いていたのですが、印刷物の間違いはあってはならないことで、特に電話番号や住所などの情報を間違えると無関係な方に多大な迷惑をかけてしまうので、番号を間違えたら賠償金として百万単位のお金を払わなければいけないと聞いていたからです。

私の間違いについて先生は、「このお知らせメール便登録チラシで、クレームの電話などがかかってきましたか」と聞かれました。
「いえ、かかってきていないです」と私は答えました。
「そうですよね。このチラシを見た人はまず上の番号を見てファックスをしますよね。仮に、下のコンボの電話番号にファックスを送ってきたら相手の方はどうなるでしょう」とおっしゃいました。
私は「相手の方がファックスを電話番号に送ったら、コンボはファックスを受け取れないので、相手の方はコンボに電話をかけてくると思います」と答えました。
答えながら、私自身「そうだよね、送信できなかったらコンボに電話をかけてくるはずだよね。どうしてそれに今まで気がつかなかったんだろう」と思いました。
「今、そのチラシはどうなっていますか」と大野先生がおっしゃったので、「間違えたチラシは事務所のどこかで眠っていると思います」と答えました。
そうしたら大野先生は、「そのチラシを使っても他へ迷惑がかからないので、使ってもいいかもしれませんね」とおっしゃいました。
そして、「その後もチラシのお仕事を頼まれることはありますか」と尋ねられたので、「はい、まだ時々頼まれます。でも、失敗をするのが怖いです」と答えたら、「仕事を頼まれるということは、信頼されているという証拠ですよ」とおっしゃいました。

私は、失敗したら即クビになると思いこんでいたのですが、たしかに大野先生の言うとおりです。失敗しても仕事をまかされるというのは信頼されている証拠です。
「ただ、間違いはなくすことが大事なのでいろんな人の目を通してチェックするといいですね」とおっしゃいました。

お恥ずかしい話ですが、私は間違いを発見したときに泣き崩れてしまい、コンボの方々にご迷惑をおかけしてしまいました。
ただ、私の考え方のクセによる行動も、マイナス面ばかりではなく、私が泣いてしまうということは「助けてください」というサインであり、また、周囲の方々が仕事をやりやすくなる環境について改めて考える機会になるのではないかとも思いました。

 


認知行動療法のこんぼ亭にて
小林さんと対談して気づいたこと

大野裕
認知行動療法センター センター長本誌で「いろいろ応用できる認知療法をじょうずに使ってみませんか」を連載。


 

昨年に続いてこんぼ亭に呼んでいただきました。
昨年は講演会と座談会だったのですが、今回は講演の後に、うつ病をかかえながらコンボで働いている小林さんとの公開面接をすることになりました。
私が専門にしている認知療法・認知行動療法が実際どのように行われるか、それを実際に見ていただけば、聴衆の人たちがストレスに対処するときの役に立つのではないかと主催者の方々が考えられたからです。私も同じ考えでしたので、喜んで引き受けました。

しかし、そうはいっても、300人近い人たちが注目している中での面接です。 私は〝みっともない面接にならないようにしないと〟と考え、緊張していました。
面接が始まります。
当然、小林さんも緊張しているはずです。
そこで、小林さんに気持ちを聞いてみたところ、やはり緊張しているということでした。 しかし、そうおっしゃりながらも、きちんと話せています。私は心の中で感心しながら、どのような工夫をされているか尋ねてみました。

すると、小林さんは、聴衆が目に入らないように、横に座った私のほうだけを見ているとおっしゃいます。しかも、面接をリードするのは自分ではないから身を任せればよいと考えていたそうです。 その話を聞いて、私はなるほどと思いました。

私たちは目の前にいる人、つまり、その人は私と、私はその人と話をしているのです。私たちがお互いの主役なのです。 それなのに、私はいつの間にか、聴衆のほうに心を奪われてしまっていました。相手の心を大切に思い、有意義な会話をするという、本当に大事なことを忘れてし まっていました。 そのことを気づかせてもらって、私は会話に集中していくことができました。

このように、小林さんの話にはストレスに対処するヒントがたくさん含まれていました。これは、認知療法・認知行動療法にとって一番大切な考え方です。
考え方を切り替えるというのは、すべてをプラスに考えられるようにするということではありません。悩んでいる方が無意識に使っているストレス対処の力に気づいていただいて、それを他の場面でも使えるように手助けすることが一番大事なのです。

一例をあげましょう。
今回は、「最悪の事態は本当に起こるのか」という疑問について話してもらうことにしました。 私たちは、ストレスを感じているとき悪い予測をしていることが多いものです。これは、自分を守るためには必要な心理です。悪い予測をして、それが起きたときの準備をしておけば、実際に起きたときにスムーズに対処できます。
その意味では、よくない予測をしておくのは悪いことではないのですが、それが現実に起きると思いこんでしまうと、緊張して力が出せなくなってきます。

小林さんの場合はどうでしょうか。
小林さんは、少し前に大失敗をして気持ちが動揺したときの話をされました。 それは、ある案内チラシをつくって配ったときの話です。文末にコンボの住所や電話番号と一緒に、ファックス番号を載せたのですが、そのファックス番号が違っていたのです。 彼女はあせりました。間違ったファックスを送られたところから、抗議の電話が殺到するのではないかと心配になります。以前勤めていた会社で聞いた、チラシの内容を間違えると数百万円の賠償金を支払わなくてはならないという話を思い出します。

たしかに心配だと思います。そこでどのように間違えたのか聞いてみました。 すると、コンボの電話番号と間違えたのだと言います。そして、その話をしながら、それだと他の家にファックスが送られることはないと気づかれます。しかも、間違っていたのは下の小さな番号部分いたのは下の小さな番号部分で、上の送付先のファックス番号は間違っていません。

小林さんは、失敗したと思った瞬間に、どんどん「最悪のシナリオ」をつくり出して不安になっていたことに気づきました。それが、このように現実を確認していってもらうことで、「最悪のシナリオ」がよい形に書き換えられていったのです。
現実を確認して気づきを広げる、その認知療法・認知行動療法のエッセンスを、小林さんのおかげで皆さんにお見せすることができました。