iPS細胞研究がもたらすもの(医師)


こころの元気+ 2014年1月号特集4より
iPS細胞研究は統合失調症の治療に何をもたらすのか?

理化学研究所 脳科学総合研究センター
吉川武男


iPS細胞を用いた研究

統合失調症では、胎児期(母親のおなかにいるとき)や生まれてからまもない脳がさかんに成長している時期に、風疹やインフルエンザなどの感染や栄養不良、その他何らかの原因が、未成熟な脳にダメージを残し、それが将来発病しやすい体質をつくっているという仮説が考えられています。

しかし生きているヒトから脳を取り出して調べることはできませんので、赤ちゃんから大人になるまでのヒトの脳の発達がどうなっているか、ストレスを加えると脳の発達がどうなって病気になりやすくなるのかはわかりませんでした。

身体の一部からiPS細胞をつくれば、脳の神経細胞をつくることができますので、それを使って統合失調症に関係のあるストレスを与えた場合、神経細胞がどうなるか(病気のくわしい原因)の調査、あるいはどんな薬を使えばストレスの影響が少なくなるか(新しい薬の開発)などを研究しています。
期待されること

今までの統合失調症の新しい薬をめざした研究には2つあると思います。
1つはマウスやラットといった実験動物を使ったものです。
しかし、ヒトの脳は非常に進化しており、マウスやラットの脳とはずいぶん違いがあって限界がありました。
もう1つはヒトのゲノム研究ですが、統合失調症に関係のありそうな遺伝子の変化が5千個以上も候補に上がり、また、それらの遺伝子変化は病気にかからなかったヒトも持っていますので、すぐさま薬の開発に役立つ状況ではなくなってきました。
よって、iPS細胞というヒト由来の細胞を、シャーレの中でいろいろな条件のもとで調べることは、新しい治療法の開発につながるのではないかと期待しています。
将来もたらしてくれるもの

糖尿病にかかっている母親の子どもは7倍統合失調症にかかりやすくなるといわれています。
私たちは、iPS細胞からつくった神経細胞を使って、糖尿病のようなストレスが神経(脳)の発達にどのような影響を与えて統合失調症になりやすくしているのか調べました。
その結果いくつかの重要な分子を発見しました(これから発表します)。このような分子は、新しい原理にもとづいた薬を開発するときに重要なヒントを与えてくれます。
よってiPS細胞を用いた研究は、将来、統合失調症の根本的治療法や予防法の開発をもたらしてくれるものと期待し、そのために私たちも日々一生懸命努力をしております。