双極性障害(躁うつ病)の治療(医師)


こころの元気+ 2012年10月号特集より
(「こころの元気+」バックナンバーからの転載ですので、掲載時の情報であることにご注意下さい)→『こころの元気+』とは


特集3 躁うつ病の治療について知る
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理化学研究所脳科学総合研究センター精神疾患動態研究チーム
加藤忠史


古くから「躁うつ病」と呼ばれてきた病気は、現在「双極性障害」と呼ばれることが多くなりましたが、双極性障害でも、Ⅰ型が旧来の躁うつ病に相当するものです。
Ⅱ型は、やや診断が広がっている傾向がありますので、注意が必要です。

双極Ⅰ型障害

双極Ⅰ型障害は、入院を要するほどの躁状態とうつ状態をくり返す疾患です。
躁状態をくり返すと、社会的な後遺症を引き起こす危険があるため、治療の主眼は、再発予防となります。
もちろん、躁状態を早期にコントロールし、うつ状態の苦痛を取り除き、自殺を予防することも重要です。
再発予防においては、薬物療法と心理社会的治療法が車の両輪となります。

現在、双極Ⅰ型障害に広く使われている薬は、気分安定薬と呼ばれる薬(リチウム、ラモトリギン、バルプロ酸、カルバマゼピン)と、非定型抗精神病薬(オランザピン、アリピプラゾールなど)ですが、そのなかでも、予防療法において最も基本となる薬が、リチウムです。

最近では、ラモトリギン、およびオランザピンなどの非定型抗精神病薬も予防に有効であることが報告されており、特にラモトリギンは、唯一、維持療法の保険適用がある薬です。

リチウムは、副作用が出やすいため、2、3か月に1回程度は採血して、血中濃度(服用後充分に時間を経たときの値)を測りながら治療します。

ラモトリギンは、発疹が重症化することがあるので、少量から始める必要があり、特にバルプロ酸との併用時には血中濃度が上がりやすいため、注意が必要です。
オランザピンは、糖尿病の誘発や体重増加に注意が必要です。

心理社会的治療法としては、まずは心理教育、すなわち当事者の立場からいえば、疾患学習、というべきものです。
双極性障害という病気を理解し、再発の初期徴候を家族と共有し、薬の特徴や生活上の注意点などをよく知るとともに、何より疾患を受け入れるということが大きな主眼となります。

双極性障害と診断されても、最初は、そんなはずはない、などと否定する気持ちがわいてきます。
あるいは、長期の治療が必要と聞いて、落ちこんでしまう人もいるかもしれません。
しかし、薬をの んで予防すれば普通に社会生活をおくることができる病気で、高血圧や糖尿病と似たようなものだ、と思って受け入れ、つきあえるようになれば、もう、この病気は克服できたようなものです。

一方、最近特に注目されている治療法として、対人関係社会リズム療法があります。
対人関係療法は、周囲の人との対人関係と症状の関連を理解して、対人関係の問題に対処する方法を見つけていくことによって、症状に対処できるようにする治療法ですが、双極性障害では、対人関係の問題に加え、生活リズムの乱れが再発につながるため、社会リズム療法が加わるのです。

このように、双極Ⅰ型障害は、リチウム、ラモトリギンなどの気分安定薬と、オランザピンなどの非定型抗精神病薬を組み合わせた薬物療法と、心理教育、対人関係社会リズム療法等の心理社会的治療を併用することによって、コントロールしていくことができます。

 

双極Ⅱ型障害

一方、双極Ⅱ型障害は、もう少し複雑です。
なぜ複雑なのか、というと、まずはこの病気の輪郭がはっきりしないということがあります。

15年くらい前までは、ほとんど躁うつ病だけど、躁状態で入院はしていない、という人が双極Ⅱ型障害と診断されていたのですが、最近はやや診断が広がって、パーソナリティーの問題に近い場合や、うつ病に近い場合でも、このように診断されているようです。

双極Ⅱ型障害は、入院を要するような躁状態がなく、入院するほどには困らない軽躁状態とうつ状態のみが現れる場合です。
この「入院するほどには」という部分がとんでしまって、「まったく困らない」ような、日常の気分変化まで軽躁状態と診断してしまうと、いくらでも診断が広がってしまう可能性があるわけです。

ですから、双極Ⅱ型障害と診断された場合には、「Ⅰ型に近い Ⅱ型」なのか、「パーソナリティーの問題に近いⅡ型」なのか、「反復性うつ病に近いⅡ型」なのか、特徴をつかむ必要があると思います。

それでは、双極Ⅱ型障害の治療はどのようにしたらよいでしょうか。
限りなくⅠ型に近いⅡ型の場合には、治療は双極Ⅰ型障害に準じることになります。
その他の場合は、かなりケースバイケースとなってきますが、いずれにしても、薬物療法だけでよいというわけではなく、精神療法も重要になってきます。

双極Ⅰ型障害の場合は、原則として抗うつ薬は用いるべきではありません。
特に三環系抗うつ薬という古いタイプ の抗うつ薬は、躁転や急速交代化(短いサイクルで躁とうつをくり返す)を引き起こすなど、病状を悪化させるので、使ってはいけません。

一方双極Ⅱ型障害で、かなりうつ病に近い場合には、気分安定薬とSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)を併用する場合もありえます。

Ⅰ型の場合も、Ⅱ型の場合も、社会リズム療法を行うことは有意義です。
この治療法は、双極性障害の方は生活リズムの乱れで特に調子を崩しやすい体質を持っている、という考えにもとづいています。糖尿病の方が、食べ過ぎに対して調子を崩しやすいため、食事療法を行う必要があるのと同様に、生活リズムの乱れで調子を崩しやすい双極性障害の患者さんは、特に生活のリズムをきちんと保つ必要がある、ということです。
これを行うためには、毎日、起床・就寝などの時間や、人と接した度合い、気分などをしっかり記録して、コントロールしていくことをめざします。

こうした治療を専門家の指導にもとづいて行うのは、なかなかたいへんですが、まずは本をもとに自習してみてはいかがでしょうか。
(「対人関係療法でなおす双極性障害」水島広子著、創元社、二〇一〇年)

 

使える薬が増えました

ここ数年の間に、オランザピン、ラモトリギン、アリピプラゾールと、3つの薬があいついで双極性障害に対する保険適用を取得しました。

オランザピン(商品名・ジプレキサ)は、「双極性障害における躁症状の改善」および「双極性障害におけるうつ症状の改善」という、2つの適用が認められました。
双極性障害のうつ症状の改善を適応とする薬剤は、日本ではオランザピンが初めてですが、そもそも、オランザピンがうつ症状への適応を単剤で取得するのは、実は日本が世界で初めてです。
オランザピンのうつ症状への効果は、不安緊張に対する鎮静や食欲増進など、副作用と表裏一体の面もありますが、不安や不眠に対して、依存性のあるベンゾジアゼピン系抗不安薬を漫然と用いるよりも、オランザピンなどを用いたほうがよい場合もあるでしょう。
オランザピンは、糖尿病の誘発に注意が必要で、血糖値の測定等の観察が必要となります。また、体重増加がみられる場合が少なくありません。

ラモトリギン(商品名・ラミクタール)は、「双極性障害における気分エピソードの再発・再燃抑制」という適用が認められました。
双極性障害における維持療法の適応を取得した薬剤はわが国では初めてです。
ラモトリギンは、うつ状態、躁状態の再発を予防する効果が示されており、特にうつ状態の予防効果が高いのが特徴です。
ラモトリギンは、重い発疹(スティーヴンス・ジョンソン症候群)の副作用が起きることがあるため、のみ始めの際に、服用量をゆっくり増やしていくことが大事です。
特に、バルプロ酸と一緒に服用するときは、血中濃度が上がりやすいので注意してください。

アリピプラゾール(商品名・エビリファイ)は、「双極性障害における躁症状の改善」の適用を取得しました。
アリピプラゾールは、躁状態に対する効果が示されています。
この薬は、日本の大塚製薬により開発されたもので、日本で開発された薬が世界的に活躍しているわけです。
アリピプラゾールの副作用はさまざまですが、特徴的なのは、アカシジアという、じっとしていられない感覚、あるいは不眠です。こうした副作用の予防には、量の調節が大切ですので、アリピプラゾールを服用する際には、主治医、薬剤師によくご相談ください。

新薬が現れても第一選択薬としてのリチウムの地位がゆらぐわけではありませんが、リチウムは副作用が強く、どうしても服用できない方もいらっしゃいます。
こうして双極性障害の新たな治療の選択肢が増えたことは、とてもありがたいことだと思います。