睡眠に必要なことは、リズムとリラックス


「こころの元気+」2007年7月号より

睡眠に必要なことは、リズムとリラックス

堀内健太郎/国立精神・神経センター精神保健研究所 社会復帰相談部


 

リズムとリラックス

不眠だけでなく強い症状がある時期には、薬はたいへん役に立つものですが、全体的には安定している時期なのに、不眠になる場合はどうしたらよいのでしょう。ここでは、やや一般的な知識として、生活のなかの睡眠を考えてみましょう。
睡眠の大きなテーマは二つあります。「リズムをつくること」と「リラックス」です。
人間の身体は、もともと、一日よりも少し長いリズムを持っており、私たちは毎朝起きることで、時刻あわせをしているといわれています。
起きている間、脳ではメラトニンという化学物質が蓄積していき、長時間になると次第に眠気を起こします。つまり、充分な時間、起きていることがリズムづくりの第一歩、ということになります。
メラトニンは光刺激によって生成されますので、朝起きたら日光のような強い光を浴びることなどがすすめられます。「リラックス」の方はどうでしょうか。これは、全体的に眠りの妨げを減らすものです。
身体や心がイライラしていれば、心地よい眠りはむずかしくなります。健康度が高まってくると、新しい課題に取り組もうとする気持ちも高まり、そのストレスも加わります。
動けなかった時期から外へ出たりすることが増えると、対人関係も増えて、ストレスになります。
長い生活のなかでは、内側か外側に必ずストレスがつきものですから、リラックスをコントロールできれば、心強いわけです。

リズムをつくること

まず、「リズムをつくること」について説明します。
先に述べたように、通常、人間の身体はある程度長く起きていれば眠気が起こる、自然なリズムがあります。しかし、内側や外側に、ストレス要因があると、このリズムどおりにいかなくなってくることがあるわけです。
最近注目されている概念に、「アロスタシス」という言葉があります(シュルキン二〇〇五)。
人間の身体の安定性を維持する仕組みとして、「ホメオスタシス」という言葉をお聞きになったことがあるかもしれません。「アロスタシス」は、これをより当てはまるように改良した考え方です。
「ホメオスタシス」理論は、「一貫した安定性」というような意味をもちます。電気を使い過ぎると落ちるブレーカーや、熱がこもりすぎると切れるサーモスタットのような考え方です。許容量は決まっていて、ストレスが度合いを越えると、それが治るまで使えなくなります。
一方、「アロスタシス」理論は、「変化する安定性」という意味です。電気を使いすぎると電気屋さんがきて許容量を上げてくれる場合や、熱がこもるともう少し熱に強いサーモスタットに交換してもらえる場合に似ています。
図1をご覧ください。これは一日のある人の血圧の変化です。
起きている間は平均的です。何か緊張する用があるとそれに合わせて高くなって、用が終わったと脳が気がつくまではそのまま維持されます。
寝ると必要ないので下がり、起きるまでは維持されますが、起きると今度は、日中活動に必要な分、急激に高まり、しばらくは高いままですが、起きてから安定してきたことを脳が気がつくと平均的なレベルに戻ります。
しばらくの間必要ならば、ブレーカーやサーモスタットを、そのときに見合うものに交換するのと同じようなことが、普段から私たちの身体では起こっていることになります。
「アロスタシス」理論では、しばらくどのくらいの負担がかかるかを脳が予期して、身体の自律神経機能を大幅に調整しているのだといいます。
睡眠でいうならば、寝る前にはしばらく、「身体やアタマ、心の作業は、今日はこれで終わりですよ」というメッセージを、脳に伝える時間をとる必要があることになります。
携帯電話やパソコンの画面がしばらく放っておくと暗くなるのと似ています。夜に思いついて行動しても、結果的には効率が悪いものですし、「今日のうちに!」と思っても、メモして明日の楽しみにすればよいので、普段の
ペースを守ることが第一です。また、「睡眠のキュー(合図)」といわれますが、風呂から上がって、歯を磨いて、というような、寝る直前のパターンを決めておくことも、脳が「あ、今日は終わりなんだな」と気がつくことに役立ちます。
同様に、起きる時間を決めておくとか、身体を動かす時間帯や食事をする時間帯を大体決めておくと、脳がパターンを予期しやすいのかもしれません。
これらのことができていても、なぜか寝つけない、ということもあります。脳が、「今日はまだこれから一仕事あるんだ」と思っているわけです。
これは、たとえるならば、夜中の道路工事が始まったようなもので、私たちは脳がいつ工事を始めるか、あまり完全にはわからず、たいてい後で知ります。
道路工事は朝には終わって、車が通ります。私たちも昨夜の工事の跡くらいはみますが、いつもどおり道を歩きます。私たちにできるのは、余計に考えて邪魔しないことです。
もし考えるなら、一人ではなく、誰か信頼できる人に話すなどした方が間違いにくいものです。しばらく続くこともありますが、基本的には、あまりこだわらず、普段のパターンを守って行動した方が、あれこれ考えすぎずにすみます。

リラックスの役割

さて、話が込み入ってきましたので、もう一つのテーマである、「リラックス」の方へ話を進めましょう。皆さんも一度リラックスしてください…。
「頭寒足熱」というように、風呂や足湯、下半身を温めることなどは「気を降ろす」よい知恵です。
英語でも「グラウンディング(地に足をつける)」といい、普通のこと、気楽なことをしたりするのが気をしずめるのに勧められますし、より体系的にはヨガなどを習うと次第に感覚がつかめてきます。その他、何気なくとっている食事や飲み物でも、夜はコーヒーやお茶、アルコールを避け、牛乳やカモミールなどのハーブティにするなど、眠気を邪魔しないコツがあります。
さきほど、携帯電話やパソコンの例をあげましたが、実は、これと逆のこともあります。
通常、目を閉じて安静にしていれば、浅い睡眠が始まるようになっているのですが、ある種のリラックス法を練習している人では、この浅い睡眠が起こらなくなるといいます(フェンウィック一九八七)。
簡単な呼吸法を始めて、寝やすくなりましたと言っていた人が、しばらくして、また寝つけなくなったということがあります。そういう場合は一度、呼吸法はやめて、横向きやうつ伏せで寝ると楽なようです。
リラックスというのは、水の溜まったダムの水位が下がっていくことと似ています。水位が下がると、水に沈んでいた岩や木、古い建物などがちらちら見えてきます。私たちの意識はそれに気をとられて緊張したりします。
アロスタシスの図のように、脳は、今後しばらくあまり気をゆるめるべきではないと予測していれば、緊張した状態、水位の高い状態を保とうとします。
しかし、ダムというのは本来は、森であり、町であり、自然の風景です。人間がダムとしてつくっただけで、元の風景が出てきたらそれを味わえる方がよい、という考え方もありそうです。水から顔を出した木々はやがて風に朽ちて落ち着いていきます。
不眠から調子を崩すこともありますから、これもまたあまりこだわらずに、長期的にはそうなっていけたらなあ、という気持ちを持つくらいに考えてみてはどうでしょうか。

さいごに

以上、みてくると、生活のなかの不眠を考えることは、自分の安全なパターンを身につけ、その上で生活を楽しむ、リカバリーの考えと共通するところが多いようです。
これは誰でも同じことで、できれば、自然に近いやり方を知っていると、自分の身体や心も自然の一部で、動き続けていくものだということに気づいて、安心しやすいかもしれません。人間、生きていると、ある程度のペースで不眠はやってきます。道路も時々工事しながら人の役に立ち続けていきます。
どこかで長い目を持ちつつ、役に立つ方法をまわりの人にも協力してもらって、生活を楽しめるようにしていきたいものです。