神経発達症群/神経発達障害群(発達障害)


神経発達症群/神経発達障害群    →「こころの元気+」の発達障害に関する連載

筆者:千葉大学社会精神保健教育研究センター 渡邉博幸


 

以下にとりあげる知的発達症、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症は、典型的には幼児期や小学校低学年頃に明らかとなるものですが、近年では、成人になって初めて診断される場合も増えています。何らかの要因で、脳の成長発達が途中でとまったことが原因と考えられますが、多くの場合、はっきりとは定まっていません。

それぞれの疾患群は、単一の障害としてよりも、程度の差に一連の連続性のある「スペクトラム」としてとらえられています。定型発達(健常発達)との明確な境目はありません。
また、それぞれの疾患群の症状を部分的にあわせもっている場合がむしろ一般的で、たとえば、自閉スペクトラム症の症状の一部と注意欠如・多動症の症状の一部が重複したり、知的能力障害が重なっていたりします。てんかんなどの神経疾患を併存することもあります。

疾患の分類も時代による変遷があり、一つの疾患概念に無理にあてはめるより、どの程度の症状があって、どのくらい生活を困難にしているかを理解することの方が大切といえます。実際の臨床の場面でも、「発達のデコボコ」という説明をしたりします。

また、精神科診療では、これらの発達障害を背景に生活や人間関係の支障が生じ、うつ状態や不安状態となり受診し、初めて発達のことに焦点があたることもあります。環境や社会との関係で、精神的な問題を生じるかどうか左右されることもあるのです。

 

1.知的発達症

①概念:全般的知能の障害があり、その年齢で期待される適応機能の欠陥・不全があるため、家庭や学校、職場などの日常生活に困難を生じます。発達期(おおむね18歳以下)に明らかとなります。

②疫学障害者白書(2019年)(https://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/r01hakusho/zenbun/pdf/ref2.pdf)の統計によれば、わが国の知的障害児・者は、108万2000人で、うち在宅者が96万2000人となっています。 

③症状と診断:標準化された知能検査(たとえば、5歳から17歳未満であれば、WISC−3、それ以上の年齢であればWAIS-IIIなど)で測定したIQの結果が診断や重症度判定で用いられます。しかし、検査のみで判定するのではなく、学業や就労場面などの日常生活、社会生活における適応度を臨床的にも評価することが必要です。軽度から最重度まで分類され、IQ70が、知的発達症か否かの境目ですが、この点数で厳密に区切るのではなく、実際の生活機能評価をあわせて65~75(70±5)の幅を持たせて判断すべきとされています。

④経過・予後:知的能力の程度によってさまざまです。軽度の場合は、個人生活はほぼ自立可能で、適切な援助があれば就労もできます。中等度の場合は、個人で生活でも部分的な援助は必要で、多くは福祉就労の段階にとまるかもしれません。重度や最重度の場合は、コミュニケーションも限られ、身体的障害を併存していることも多く、日常生活全般にわたり介助を要することが多いです。 

⑤治療・支援:教育・福祉による支援が中心となります。幼児期は障害児通所施設や療育センター、学齢期には小中学校の特別支援学級または特別支援学校(幼稚部、小学部、中学部、高等部)などがあります。

その後は通所、入所による支援施設で、生活訓練、就労支援などの福祉サービスを受けることができます。各都道府県政令指定都市ごとの制度としては、「療育手帳」があり、福祉事務所(自治体の福祉担当窓口)で申請します。ホームヘルプサービスや年金・手当、税金や公共料金の減免などが利用可能です。

精神科的薬物療法の目的は、併存精神疾患や不眠・自傷・衝動行為などの緩和ですが、薬物での静穏をはかるまえに、家族や教師、支援員と情報交換しながら環境調整や行動面・生活習慣の工夫ができないかを検討すべきです。発達障害の人は、脳や全身への向精神薬による副作用が出やすい傾向があり、根本的な治療とならない場合に、単に症状を抑えるために薬剤を増量するのはとても危険だからです。

 

2.自閉スペクトラム症:ASD

①概念:自閉スペクトラム症は、①社会的コミュニケーションおよび相互関係の持続的な欠陥と、②行動・興味・活動が限定的で反復的であるという2つの特徴を持ちます。症状は発達早期の段階からありますが、すぐには明らかとならないこともしばしばです。旧来は、知的障害を伴う自閉性障害や、知的障害や言語障害を伴わないアスペルガー障害などを区別していましたが、現在では、各症状に軽重の程度の差はあっても、質的には同様であり、一連の連続体(スペクトラム)をなしているとする見解が優勢となり、「自閉スペクトラム症」としてまとめられました。

②疫学:自閉スペクトラム症全体で、有病率は1.5%前後と考えられます。うち、知的障害を伴うもの(旧診断における自閉症)が、0.3〜0.5%と言われています。
男女比で4:1と、男児に多いのも特徴の一つで、生物学的な要因が想定されています。

③症状:以下に典型的な特徴といわれる症状を列記しますが、個々人での軽重があり、社会活動が広がる時期になってはじめて目立ってくる症状もあれば、成長に伴い目立たなくなる症状もあります。周囲の環境や理解、あるいは本人の経験や成長によって変化することをご理解ください。

1)人との関わりの特徴
人間関係を円滑に結ぶことが苦手になります。自閉の程度が強い場合は、幼児期から、視線が合わない、人見知りしない、名前を呼んでも反応しないことなどに、家族に気づかれることもあります。

学童期以降になると、学校場面や集団生活場面で、場の空気を読めず、自分の関心の赴くままに一方的な言い方をしたり、遠慮なく本音を言ってしまったりして、ケンカやトラブルになることがあります。一風変わった子と見なされて、いじめの対象になることもあります。また、人間関係を結ぶことに無関心であったり、失敗をくりかえすなかで、孤立してしまうこともあります。

成人しても、他人の気持ちを察したり、話の文脈を読みとって理解・共感したり、相手の表情や仕草から感情をくんだりすることが苦手なため、社会生活場面(仕事や家庭生活など)で苦労やトラブルを被ることがあります。

2)コミュニケーションの特徴
言語能力の障害は個々さまざまで、幼児期から全く話せない場合や、オウム返しやコミュニケーションとして成立しない一方的な発声が主になる場合から、むしろ饒舌に話せるが表現が堅苦しかったり、本人しかわからない言葉の使い方であったり、理解がむずかしい場合など千差万別です。耳からの聞き取りが苦手なことがあります。相手の表情や仕草から感情や文脈を汲み取るのが苦手で、また、そのようなノンバーバルなコミュニケーションを自ら表現をすることも得意ではありません。話相手からみると、言葉をそのまま額面通り受けて、皮肉や冗談が通じず、とても杓子定規な感じがするかもしれません。

3)こだわりと想像力
特定の出来事、興味や考え方、動作、好みなどに強くこだわる傾向があります。動作の手順、道順、スケジュール、何かのルールなどに固執し、融通がきかず、臨機応変にふるまうことが苦手です。気持ちや行動の切替えがうまくいかず、急な変更・変化に対して、不安が強まり、パニックに陥ってしまうこともあります。そのようなときに、扱いにくい子、わがままと勘違いされてしまい、周囲の無理解のもとになります。
自閉の強い子どもでは、同じリズムやトーンで奇声を上げたり、奇妙に手足を動かしたり、体を前後に揺すったり、自分の頬をたたいたり、跳ねたりなどと、自己刺激になる常同運動を反復することがあります。視覚刺激をとらえる能力に長けていることがあり、回るものや動くもの、幾何学的な模様や字の形などに強い興味・関心を示すことがあります。

4)感覚や認知機能の特徴
音、匂い、肌触り、痛みなどの感覚がとても敏感になったり、逆に鈍感になっていることがあります。特定の色や素材のシャツしか着ないという方もいます。物事を記憶することや視覚を用いた作業は、とても得意なことがある反面、たとえば、「あれ、それ」などというような代名詞で言い表されると混乱することがあります。遠い過去の出来事を突然思い出し、たった今あったかのようにはげしく感情が高ぶる「タイムスリップ現象」も知られています。 

④経過と予後:知的能力の障害の程度やコミュニケーション能力の程度によって左右します。知的能力障害がない人(高機能)の場合、自分の適性をいかした職業を長く続けられることがある一方、仕事が続かず転職をくりかえすこともあります。
知的障害が強い場合は、生活機能の全般にわたり、他者からの支援を必要とします。

⑤診断:対人的相互反応の障害、コミュニケーションの障害、興味の限定・常同行動から診断します。思い込みの強さから、妄想と間違えられ、統合失調症の診断となっている場合があります。また、こだわりの強さは、強迫性障害と診断されることもあります。回避としての孤立傾向から、社交不安障害や、シゾイドパーソナリティ障害と診断されることもあります。 このように、鑑別診断をしっかり行うことは適切な支援を計画するうえでも大切です。 

⑥治療/支援:大きく、①環境調整と、②社会適応のための療育・治療、③二次的障害に対する補助手段としての薬物療法の3つに分類されます。
いずれも当事者(児)の特性としての、発達レベル、重複の度合いなどに応じて、それぞれ最適な方法を検討する必要があります。

TEACCHプログラム:TEACCH;treatment and education of autistic and comunication handicaped children。自閉症および関連するコミュニケーション障害の子どものための治療と教育
TEACHHは、米国ノースカロライナ大学で開発された治療教育法で、自閉症を矯正するのではなく、その特性のままで、無理なく社会の中で暮らせるように支援していこうという理念に基づいています。自閉症児の、「視覚情報処理能力の高さ」をいかして、絵カードでコミュニケーションを図り、スケジュールや適切な行動パターンを示したり、作業環境や作業工程の明確化を行って、生活状況をより適切に認識・処理できるスキルの獲得をめざします。治療者だけでなく、家族や学校関係者など多くの協力が必要です。

感覚統合訓練:自閉スペクトラム症にみられる不器用さ、ぎこちなさは、感覚の統合がうまくできないからと考えられます。作業療法士と一緒に体を動かす練習を、さまざまな遊具を用いて行い円滑な運動や感覚の調整を図ります。

*その他、プレイセラピーや、特有の認知の修正を図る認知行動療法、ITを用いた学習支援や就労支援などさまざまな支援方法があります。また、親への心理教育や、ペアレント・トレーニングなど、親への支援も並行して行います。

これらを親御さんが自力で選ぶのはたいへんな苦労です。各自治体には、発達障害支援センターが設けられ、支援機関や制度の情報の相談を行っています。また、障害者就業・生活支援センターは、就職や仕事に関すること、日常生活に関することについて相談に応じています。これらの相談機関を利用して、困難の程度を見積もり、適切な支援機関につなげていくこともできます。

3.注意欠如・多動症:ADHD

①概念:不注意と多動性/衝動性を主症状とした症候群で、通常は12歳までに、いくつかの症状は認められます。しかし、成人になってはじめて診断されることも最近増えています。 なんらかの遺伝的関与が示唆される一方で、胎内環境、出生後の環境要因なども指摘されていますが、はっきりとした原因は不明です。 

②疫学:有病率は、小児期は、7~10%で男女比は、4−6:1で男児が圧倒的に多く、成人になると0.5~4.6%と有病率が減り、男女比も1:1と性差を認めなくなります。このように、ADHDは成長とともに目立たなくなることもあるのです。

 ③症状:まずは子どもに見られる症状を述べます。

1)多動性:離席したり落ち着いて座っていられない、遊びや余暇時間におとなしく参加することがむずかしい、過度なおしゃべり。
2)衝動性:相手の話が終わらないうちに出し抜けに発言してしまう、順番を待てない、他人がしていることをさえぎったりじゃまをする、すぐにどなったりイライラする。
3)不注意:不注意による勉強での失敗が多い、人の話を聞いていないようにみえる、集中力が続かない、最後までやり遂げられない、逆に興味あることには集中しすぎてしまい切り替えられない、段取りが悪い、必要な道具や書類をなくす、片づけられない、約束を忘れてしまう、などがあります。

これらが大人になると、
1)多動性:常に落ち着かず、貧乏ゆすりや無目的で過剰な動作がみられる。
2)衝動性:思ったことをすぐ口にしてしまう、衝動買いなど。
3)不注意:困難が生じる場面が、学校から職場や家庭に変化しますが、小児期にみられた症状が続いています。特に女性の成人診断例での特徴といえます。

 ④経過・予後:ADHDの人の興味関心の持ち方が、高い生産性あるいは独創的な活動に結びつけば、社会の中で成功することがあると言われます。しかし、発達過程において、成功体験を積むことができず、周囲の低い評価や誤解、あるいは過剰な期待にさらされ、失敗がくりかえされると、自信を失い、劣等感や無力感、孤立疎外感を受けてしまうことも多いのです。その結果、さまざまな社会交流場面を避けて、不登校やひきこもりになったり、抑うつ・不安を伴う適応障害となったりします。また、同世代や親や目上の人間関係とのあつれきが生じやすく、反抗挑発症、素行症や、パーソナリティ障害ととらえられてしまうこともあります。このような、種々の二次的な精神障害を合併することが多いことに留意しなければなりません。
日常生活においても、外国の統計結果ですが、学校中退や職場の解雇、交通事故にまきこまれやすいなどのトラブルが多いと言われています。今後、地域保健・教育・福祉・就業・医療の有効なネットワークにより、環境に働きかけて、これらの生活困難をできるだけ減らしていく工夫が求められています。 

⑤診断/鑑別診断:③の症状であげた、特徴的な不注意症状、多動・衝動性症状が明確にあることで診断します。小児の診断で用いるADHD評価スケール(ADHD-RS-IV)や18歳以上の診断に用いるCornners成人ADHD評価尺度(CAARS)などの評価尺度も開発されています。鑑別としては、経過・予後であげた各精神障害との鑑別が大切ですが、併存していることもあります。小児期からある特徴や、それが気分と一致して変動せず、一貫して複数の生活場面でみられていることなどを丹念にうかがいます。また、自閉スペクトラム症などの他の神経発達症の併存も見逃がさないようにします。

⑥治療:種々の二次障害がでるまえに、自己評価の低下を防ぎ、自己肯定感や自己効力感(苦労することに出くわしても、工夫すればなんとかやっていけるという実感)を育てるかが大切な支援ポイントです。
1)環境整備(生活の場所を目的ごとにシンプルに整理する。たとえば、おもちゃは遊びの部屋・時間だけ、気の散りやすい刺激を減らし集中しやすくするなど)やスケジュール調整(眼につきやすいところに予定表を貼る、買い物日を決めるなど)
2)心理療法・訓練:
ペアレント・トレーニング(家族の対応改善、とくによいところ探し、ほめ方を工夫する)
社会技能訓練:ソーシャルスキル・トレーニング(小集団で人間関係を体験)、応用行動分析(問題行動のプロセスを分析し、適切な行動に変えていく。とくに多動・衝動性のある子に)などがあります。
3)薬物療法
現在わが国で使われているのは、メチルフェニデート塩酸塩徐放薬とアトモキセチン塩酸塩です。前者は登録した医師・医療機関でしか処方ができません。その他、気分の変動、不安、不眠など、二次的症状には抗けいれん薬、抗精神病薬等が使われることがあります。

 

注:上記文章は、2016年の情報となります。