特集3 就労にまつわる「思いこみ」あるある(194号)


特集3
就労にまつわる「思いこみ」あるある(194号)

こころの元気+2023年4月号より
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著者:山口創生
(国立精神・神経医療研究センター
 精神保健研究所 地域精神保健・法制度研究部



過去10年間をふり返ると、働く当事者は格段に増えたと思います。

それゆえ、現在の就労支援は「成功」と捉えられることが多いです。

 

▼3つの思いこみ

一方で、働く当事者の増加は、企業が当事者を雇わなければいけないという「障害者雇用率」制度の結果と考えられており、就労支援自体にはいまだに「思いこみ」による課題も見え隠れします。
ここでは、より多くの人に就労の機会を広げるために、しばしばみられる3つの「思いこみ」について解説します。

1.就労ができる人・できない人がわかる?

この「思いこみ」に対する私の回答は「わかりません」です。
年齢や過去の仕事の経験、ものごとを適切に判断する力(認知機能)の程度などは、就職のしやすさや働く期間に影響しやすいといわれています(文献※1)

●環境に左右される

しかしこれらのことがらは、
①当事者個人の状況だけを見ています。

実際には就職や働く期間は、
②採用・勤務する会社の状況(仕事内容、雰囲気、配慮の有無、同僚との相性など)
③就労支援の内容(いつでも・どこでも支援できる体制)
などの環境にも左右されます。

就職前に①~③に関するすべてを把握することはむずかしく、誰が就職できるかを正確に言い当てることはできないでしょう。

 

2.職業準備性を上げると就職ができる?

 

職業準備性とは、就職のときに必要とされる、働くことに対する理解や生活習慣、作業する力や対人関係のスキルなどを指すことが一般的です。
職業準備性は仕事に必要とされるスキルや習慣の順番をもとにしたピラミッドで表現されることもあります。
職業準備性は持っていて困るものではありません。

●会社で異なる

ただ、「職業準備性を上げることが就職に直結するか?」と聞かれたら、私は「それは思いこみ」と答えるでしょう。
なぜなら、就職条件は会社によって異なるためです。

また、職業準備性ピラミッド図を作成したご本人も、
『(個人の)準備性を整えてから就職しましょう』といった安易な対応につながる危険性が潜んでいるので注意が必要である」
としています(文献※2)

実際、職業準備性を上げることをねらいとした就労支援よりも、個人のニーズに柔軟に対応する個別就労支援が有効とされています(文献※3)

 

3.就労前に訓練を受けなくてはいけない?

私の回答は、これは「典型的な思いこみ」です。

就労前に訓練を受けながらゆっくり準備したいという希望がある人は、訓練を受けることが選択肢の1つです。
そのような希望がない人は、すぐに就職活動をするのもよいと思います。

大学生を例にすると、講義をサボり・遅刻しがちな学生は、アルバイトを始める前に1~2年の訓練を受けるでしょうか?
本人が希望しない限り訓練を受けないでしょう。

また、訓練は就職活動をしながらでも受けられますし、就労してから必要なスキルを身につける方法もあります。

●効果と制度の矛盾

一般に、訓練の効果は、実際に働きながら必要なスキルを学ぶことで高まるといわれています(文献※4)
就職活動中や就職後に必要な学びの機会を提供したり、柔軟なサポートをしたりする個別就労支援は、就職前の訓練と比べ、就職や長く働くことについて効果的といわれています(文献※3)

ただ、現在の就労支援制度は、就労前訓練をすることが事業所の経営を安定させるしくみになっているので、就職活動をしながら、または就職後に個別支援を提供するというスタイルの事業所は多くありません。

 


文献
※1:Tsang HW, Leung AY, Chung RC, et al: Review on vocational predictors: A systematic review of predictors of vocational outcomes among individuals with schizophrenia: An update since 1998. Aust N Z J Psychiatry 44:495-504, 2010.
※2:相澤欽一:職業準備性のピラミッドについて.芳賀大輔 金稲編:ゼロから始める就労支援ガイドブック,メジカルビュー社,東京, pp19-23, 2022.
※3:山口創生,五十嵐百花:IPS研究の最前線:Individual placement and supportの効果に関する系統的レビューのミニレビュー.精神経誌.[投稿中]
※4:oyce B, Showers B: Student achievement through staff development(3rd edition). Association for Supervision & Curriculum Development, 2002.

 

こころの元気+2023年4月号より
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