特集1  うつ病とうつ状態(186号)


特集1
うつ病とうつ状態(186号)

※「こころの元気+」2022年8月号より
○戻る

著者:坪井貴嗣
(杏林大学医学部 精神神経科学教室講師)

 

私は日々、自分の勤める病院で当事者の方々と出会いますが、皆様はさまざまな困りごとで外来に来られます。
その中でも多い困りごととしては、ご本人からの、
「気分が落ちこんで、うつではないかと思います」という訴えや、
本人のご家族からの
「最近食事をとらず元気がないような感じで、うつではないかと思うんです」という訴えがあげられます。

このような訴えの当事者がうつ病と診断されることはもちろん多いのですが、時に違う病名、違う病気である場合もあります。


うつ状態=うつ病ではない

つまり、気分が落ちこみ意欲が出ない、などの症状がみられる場合、精神科医はそれを「うつ状態」と呼びますが、それが必ずしも、うつ病であるとは限らないのです。

「うつ状態」というのは体の病気やさまざまな薬・物質で引き起こされる可能性があります。
具体的な病気や薬・物質としては、
脳卒中やパーキンソン病、甲状腺機能低下症、クッシング病、多発性硬化症、ステロイド、αインターフェロン、降圧薬、アルコール、カフェイン、タバコなどが代表的ですが、すべてあげるのは控えます。
また、双極性障害や適応障害、持続性抑うつ障害(気分変調症)などのうつ病以外のさまざまな精神疾患でも、もちろん「うつ状態」となりえます。

区別が必要な理由

ではなぜこれらとうつ病を区別することが重要かといいますと、うつ病ではない「うつ状態」は、治療において、うつ病と全然異なる場合があるからなのです。
そこで我々医療者は「うつ状態」の原因を解明するために、表1のような情報を当事者やご家族、さらに周囲の関係者から聞き取ることを心がけています。

表1(クリックやタップで拡大)

 

少し専門的すぎるかもしれませんが、表1にあるような内容を医療者が問診や診察、検査をとおして判断し、「うつ状態」の原因をわかりやすく説明してくれているか、ということに着目しながら診療を受けることは大切です。

この表1は今年発行された『当事者・家族のためのわかりやすいうつ病治療ガイド』に掲載されており、医師向けの「うつ病治療ガイドライン第2版」の中でも「第1章 うつ病治療計画の策定」と題し、治療を行う前にまず気をつけなければならない内容を強調しています。

さらにはEGUIDEプロジェクトと呼ばれる全国の240以上の精神科医療施設が参加する「精神科医療の普及と教育に対するガイドラインの効果に関する研究」において行われるガイドライン講習の中でもこのことを重視していますので、精神科医療者にとっては必須の知識といえるでしょう。

 

他の原因を除いてから検討

表1の「医療者が把握すべき情報のリスト」にあるように、うつ病の診断は身体疾患などのさまざまな原因の可能性を取り除いたうえで、初めて検討されるものです。
すべての可能性を考えて診断をつけますので、1回の診察では診断がつかないことはしばしばです。

私の所属する杏林大学医学部付属病院精神神経科で行っている難治性うつ状態の検査入院では、うつ状態がなかなか治らない方に対し、1週間かけてあらゆる側面からその原因を探っていますが、そこで初めてうつ病とは異なる診断がつくことも日常です。

うつ病の客観的指標

なぜこんなに回りくどいのかというと、
たとえば肺炎であれば、呼吸が苦しく熱があるという症状があり、検査をすると血液データで炎症の値が上がっていて、胸のレントゲン写真で肺炎像が写りますので、診断がシンプルに確定します。
このように客観的にわかる血液データや画像所見などの指標があれば診断がわかりやすいのですが、うつ病には、まだそれに該当するものが確立していないというのが現状です。

最近いくつかの医療機関で導入されている光トポグラフィー検査は、うつ病診断の客観的指標になる可能性が期待されましたが、多くの限界点があり、あくまで参考程度にしかならないということが明らかになっており、詳細な問診により診断を決定していく時代がしばらくは続くと考えられます。

 

うつ病の診断基準

こうして前述した過程を経て、うつ病の可能性があると考えられた場合、次にDSM-5(米国精神医学会が作成し、日本語に翻訳された診断基準集)のうつ病の診断基準(表2)にあてはまるかどうかを医療者と共に検討してください。

表2(クリックやタップで拡大)

ここで大切なのは、どの症状がいくつみられるのか、ということだけでなく、
同じ2週間の間に「ほとんど1日中、ほとんど毎日、その症状がみられているか」ということです。

たとえば、「出社している平日はつらいけど、週末は比較的元気です」という状態の場合、
平日病院に訪れたときはうつ状態かもしれませんが、「ほとんど毎日、うつ状態である」という、うつ病の診断基準の1つを満たしていませんのでうつ病とはなりません。

「一昨日、会社で上司に叱責されてから、ずっと落ちこんでいます」という場合もうつ病とはなりません。
なぜなら「同じ2週間の間に」という条件をまだ期間的に満たしていないからです。

もちろん、うつ病の診断を満たさなくても、多くの場合治療が必要となりますので、注意していただければと思います。

このように、うつ病と診断するにはいくつかのフィルターを通す必要がありますので、書籍『当事者・家族のためのわかりやすいうつ病治療ガイド』を参考にしながら、うつ状態の原因となる診断を医療者と共有してもらえればと思います。

 

○戻る