特集1 災害に遭遇すること――被災者の声に耳を傾けてみよう


特集1 災害に遭遇すること――被災者の声に耳を傾けてみよう

筆者:前田正治
福島県立医科大学医学部
災害こころの医学講座

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災害に遭遇すること
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 大規模な災害が発生したとき、平時には予想もしなかったような形で、人々に困難が襲いかかります。
 それは多くの破壊をもたらします。
大切な人の命を奪い、今まで人が拠り所にしていたかけがえのない物も一瞬のうちに奪ってしまいます。

 残念なことに、日本は名だたる災害常襲の国であり、日本人は災害と共生してきたともいえるでしょう。

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災害は平等ではない
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 ただ災害の影響は人によって違います。
災害は一気に広大な地域を襲いますが、その影響は一様ではありません。
すなわち平等ではないのです。

 そうした違いがどこから来るのか、一つには運としかいえないこともあります。
 たとえば、たまたまある人が川岸を歩いていて、目の前を土石流が流れ、自らはかろうじて生き残ったとしましょう。
 目の前で流された人と、助かった自分との差は、多くの場合、まさに運としかいいようがありません。
 本質的に災害は、こうした不平等な喪失を人に与えます。

 もちろんこうした不平等性は、運だけではなく個人による違いも影響します。
 たとえば足に障害をかかえているために、あるいは高齢や幼児であるために、土石流から逃げ遅れてしまった。これはまさに障害や、いわゆる災害弱者性の故です。

 また経済的問題も影響することがあります。
 たとえば、2005年に米国ニューオーリンズを襲ったカトリーナ災害では、避難が遅れ被災した多くは貧困黒人層であったといわれています。
 このように大規模災害時には、貧困地区のほうが災害ダメージは大きいという報告は少なくありません。
 いずれにせよ災害とは不平等なものです。

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災害発生急性期
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 災害初期は、平時の不平等性が一気に表面化します。
 たとえば福島では、数多くの障害をかかえた高齢者が避難の最中にお亡くなりになりました。
東日本大震災では、従来からいわれていた医療施設の機能低下とともに、介護・福祉施設の脆弱性がきわめて大きな問題となりました。

 人員や予算など、多くの施設が平時からようやっとの体制で運営していたわけですから、このような大規模な災害に対応することは非常に困難であったと思います。

――自分で備える――

 したがってこの時期を考えると、きわめて重要なことは事前の防災・減災準備です。
 とりわけ『生きていくために必要なものは何か』という観点から、考えていくことが重要です。

 よく思うことですが、日本人は公助(国や自治体の援助)への期待が大きすぎるように思います。
 上述したような災害がもつ不平等性を考えると、この災害急性期は、まず自分で備えるという「自助の構え」が非常に重要です。
 たとえば家具の固定(下記※1)や備蓄品、あるいは安否情報の確認方法(※2)を知っておくことなどです。

 心身の慢性疾患をもっている方であれば、病院は数日から数週は機能しないものとして考える必要があります。
必要な維持薬は備蓄する必要がありますし、障害によっては自らの医療情報を支援者に的確に伝えるためのヘルプカード(※3)を準備しておくことも有用です。

 問題は、災害にはそれぞれに違った特徴があって、発生する困難がなかなか予想しづらいということです。
 幸いにも、現在数多くのサイトで、個人で行う対応に関する情報がまとめてあります。
たとえば、NHKハートネットが運用している「災害時障害者のためのサイト(※4)」は、障害別に、あるいは災害別に必要な情報をわかりやすく網羅していますので、それらを参照してください。

 この時期の災害影響の苛烈さと、不平等性を考えると、生き残るための自助の重要性は、強調してもしすぎることはありません。

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復興期(慢性期)
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 被災者のメンタルヘルスが大きく問題となるのは、むしろ急性期が過ぎた後です。
 災害の初期は物理的ダメージが大きく、人々の関心も生き残ることやインフラの整備に没頭せざるを得ません。

 同時にこの時期は、
「ともにがんばろう」
「災害に負けるな」といった共助、地域のつながりが発揮されやすい時期でもあります。
 いわゆるコミュニティ・レジリエンス(回復へ向かうバネ)が発揮される時期でもあります。
 しかし災害の規模によっては、復興は非常に長引いてしまいます。
発災初期にはひたすらがんばっていた被災者も、次第に疲弊してきます。

「こんなはずではなかった」といった失望感や無力感が人々を襲うようになります。

 発災時に目標とするものは、多くの場合、災害前の姿に戻ることですが、災害によっては、それは非常にむずかしく、時間が経つにつれ次第にそれが非現実的な目標であることに気づかざるを得ません。
 また回復へ向かうプロセスは、病気からのそれと同様に一様ではなく、人によってさまざまです。
したがって回復格差のようなものも生じてきます。

――たのみにくくなる支援――

 公助も次第に減少し、人々の関心もまた薄らいできます。
「もう復興したんじゃないの」とか「まだ悩んでいるの」といったまわりの反応もみえてきます。

 しかし、多くの災害研究が示すところでは、こうした時期にさまざまなメンタルヘルス上の問題が浮上してきます。
 たとえば自殺率は、大規模災害後いったん減少した後、数年後に上昇することはしばしばいわれますし、阪神淡路大震災時に問題となった災害孤立死もまた、この復興期(慢性期)に起こってきます。

 このように、支援ニーズが高まっているのにもかかわらず、逆に支援を要請しづらくなることがこの復興期の特徴であり、むずかしさです()。
 したがってこの時期にもっとも大切なことは、孤立しないことです。

 この復興期の孤立について考えると、災害弱者性が急性期とは異なってきます。
 たとえば幼い子を持つ母親は災害急性期にはたいへんなストレスにさらされますが、母親仲間を作りやすいという側面、強みはあります。
 一方で中高年男性、とりわけ職を失った人の場合は非常に孤立しやすく、しばしば避難所や仮設住宅などで、支援者によってサロン活動が行われますが、女性に比べると男性の出席率はとても低いのが常です。
 皆で集って語り合うというのは男性が非常に苦手にしていることですが、個人レベルでも、相談することがうまくできず、孤立しやすいようです。
 結果として問題飲酒におちいりやすく、自殺等もあっていわゆる孤立死につながりやすくなります。

 いずれにせよ、この復興期に出現する問題は、災害特有の問題というよりも、災害前からあったさまざまな問題が表面化してしまうことです。
 心身を問わず大きな疾病既往のある被災者は、その再発に十分気をつけなければならない時期であるともいえます。

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被災者の声に耳を傾ける
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 災害が心に刻みこむ記憶、トラウマ性記憶は、多くの場合、一生人を苦しめます。
 喪失が大きければ大きいほど、そのトラウマ性記憶はさまざまな心理的反応をその人に生みます。
 罪責感、怒り、無力感等々。
 そのような心理的反応は、周囲の人にはなかなかわかってもらえず、その人自身もまた、そうした感情は自身の弱さと思ってしまいます。

 しかしながら、それらの心理的反応の源は、まさに被災時の恐怖・畏怖です。
 災害は、それが自然災害であれ、人為的災害であれ、人に人知を超える圧倒的な破壊力の存在を見せつけます。

 ただ残念なことに、そうした災厄は多くの人にとって他人ごとであって、対岸の火事のように思えるものです。
 しかし、そうした思いこみ、自らには、まず降りかかってこないだろうという思いこみこそ、災害よりも怖いことです。

 私達は被災者の声に耳を傾けなければなりません。
 被災者の声に耳を傾けることによって、私達は災厄の過酷さと、それを乗り越える知恵の双方を学ぶことができます。
 被災者の声に耳を傾けることはまた、孤立感に苦しむ被災者の支援にもなります。
 当事者性を共有することは何らかの大きな病を背負った場合も、あるいは災害に遭遇した場合も、すべての人が心がける大切なことです。

――災害が教えること――

 災害は、人が奈落の底に突き落とされるような、強烈な破滅が平時に潜んでいるリスクを教えてくれます。
 同時に、その絶望の中からどうにか立ち直って、回復への道を歩むことができる、そうした力を人が有していることをも教えてくれるのです。


※1:精神障害者手帳1級などの世帯に家具の転倒防止を支援してくれる事業があります(金具の購入費の補助金が出る、つけてくれるなど。地域で異なるので地元の役所へお問い合わせを)。

※2:災害用伝言ダイヤル(171)
 地震などの災害で電話がつながりにくくなったときに使えます(普段は使えないが、1日や15日などの体験日あり)。

災害時にネットが使える状態ならば、「J-anpi安否情報まとめて検索」や災害用伝言板「web171」などもあります。

※3:ヘルプカードやSOSカード、防災手帳などが作られ無料で配られています(地域で異なるので地元の役所へお問い合わせを)。

※4:災害時障害者のためのサイト:http://www6.nhk.or.jp/heart-net/special/saigai/index.html