相模原障害者施設殺傷事件のその後の動向に関する意見


(2016年9月16日)

2016 年7月26 日、神奈川県相模原市の障害者支援施設において殺傷事件が発生し、19名の方が亡くなられ、24 名の方が負傷しました。亡くなられた方々とご遺族の皆さまに衷心より哀悼の意を表するとともに、負傷された方々には一日も早く回復されるよう祈念いたします。
当法人は相模原障害者施設殺傷事件が発生した当日にメディア各社の方々に緊急要望書を提出いたしました。
要望書はこちら
この緊急要望書提出の理由は、2001年の大阪教育大学付属池田小学校事件当初の精神病院への入院歴報道と、後に精神疾患の詐病が明らかになった調査結果に基づき、事件の背景・動機などの詳細が不明の段階で「精神病院に入院」「通院」といった断片的な報道を行うことにより、「精神疾患」が事件の原因であり動機であると理解され、本来の事実に基づく原因追及と対策実行が行われなくなってしまう可能性があると考えたからです。

また、「精神病者(精神障害者)はみな危険」という画一的なイメージ(=偏見)を助長する影響が強く懸念されます。大阪教育大学付属池田小学校事件の時の調査によると偏見が強くなったと感じた人は当事者で56.9%、家族で54.2%、医師で72.1%となっています。1)
さらに、精神疾患と共に生きている人々への影響も強くあり、上記調査の医師報告(医師数229人、病院数92病院、当事者数17765人)では、症状が不安定になった方が57.6%、深刻なケースでは自殺された方が1.1%、入院再入院された方が16.3%、再発された方が13.0%となっています。1)
※1)大阪池田小事件による報道被害に関する調査. 季刊 地域精神保健福祉情報 Review 10巻2号(通算38号), 2002, pp.43-45.(2001年6月に起きた大阪教育大学附属池田小学校事件が、精神疾患をもつ当事者および家族に与えた影響の調査報告)

事件発生から一月以上が経過していますが、当法人が当初危惧した問題が危惧でなく現実に起こりつつあり、また、それ以上の問題が現れつつあると思います。
今回の相模原障害者施設殺傷事件は、ナチスドイツ時代T4作戦と酷似した極端な優生思想ともいえる思想をもとに行われていることや、極めて早い段階で措置入院の見直しの指示が行われ精神科医療が犯罪予防に利用される可能性が出てきていることなど、この間、数十年をかけて取り組まれてきた「病院から地域に、施設から職場へ」という「共生」社会の建設という流れを逆転させる可能性すらあるのではないかとの危機感を感じざるを得ません。

現在入手している情報は限られており、当法人の意見も限定的なものですが、そのような危機感を踏まえ、意見表明を行いたいと思います。
また、今後も新しい情報や対応が必要になれば意見書を発表したいと考えていますので、情報やご意見をいただければ幸いです。

1.植松容疑者に共鳴する動きについて
当法人は、優生思想に基づくと思われる植松聖容疑者の残虐な行為を断じて許すことはできません。それとともに、ごく一部とは言えインターネットなどを通じて、植松容疑者の考え方や行為に共鳴する書き込みがされている現状に、深い憂慮と懸念の気持ちを表明します。当法人は、「精神障害をもつ人たちが主体的に生きて行くことができる社会のしくみ」を作ることを目ざして2007年以来活動を展開して来ました。私たちは、このような社会の動きに対して、決して黙視することなく、断固として反対意見を表明する活動を継続して行きます。
私たちの活動の根拠となる考え方は、まず、「生命は存在するだけで価値がある」ということです。そして、存在としての人間・生物学的な存在としての価値は実存としての人間の価値の前提・基盤となるものであって、逆ではありません。人間の実存としての価値は一人一人の個性が異なるように多様であり、個々人が多様であるが故に「類」として人間の存続の可能性が広がっていると考えます。
優生思想の問題点は、生命それ自体が自然に存在し多様な価値軸を持って、それぞれに多様な価値を生み出す可能性を持っているにもかかわらず、ある時期・ある場所の「社会」「国家」を支配している特定の価値軸で評価し、ある水準以下は生物学的な存在すら抹殺してもかまわないとする逆立ちした考え方を、浸透させるところにあります。
優生思想に対する有効な対抗策は、生命は多様な価値を生み出す可能性のある存在であり、多様性を担保していくことが、人類にとっても個人にとっても社会にとっても有益であることを示すことだと考えます。当法人が使命としてめざす「精神障害をもつ人たちが主体的に生きて行くことができる社会」とは、優生思想とは正反対の多様な価値とそれを生み出す多様性を尊重する社会です。

2. 犯罪予防に精神科医療が利用されることへの異議申立
今回の事件報道は大部分のメディアの方々が、優生思想に基づく犯罪行為と精神科医療の問題とを極めて冷静に区別しており、感銘を覚えました。また、当法人の緊急要望についてもご配慮いただけたものと感じております。
しかしながら、ごく一部のメディアでは、犯行が精神障害に基づくという予断を前提にし、「措置入院を経て強い犯意を持続させ、実行に及んだ」、「池田小事件をきっかけに17年には、裁判所が医師の鑑定をもとに指定医療機関への入院を命じることができる心神喪失者等医療観察法も施行されたが、精神保健福祉法と併せ、社会の安全を守るには多くの問題点を残す」と主張する記事が掲載されています。
このような記事は、精神保健福祉法や医療観察法の目的などの無理解を前提にし、精神科医療を犯罪予防の道具として発想していると非難せざるを得ません。
当法人は、精神科医療を犯罪予防の道具として利用することに断固反対します。9月14日に発表された厚生労働省「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」の中間とりまとめでは、植松容疑者に対して精神保健福祉法に基づく措置入院が適切に運用されていたかどうかについて、措置入院中の診療と措置解除時の対応、社会福祉施設等における防犯対策に限定した検討が行われています。
しかし私たちは、「優生思想による確信」に基づいて行われたと思われるこの犯行に対して、精神科医療が対応するのが適切であったのかどうかという根本的な問題について、十分な議論と検証が必要と強く考えます。同時に、精神科医である指定医が「自傷他害のおそれ」の要否を判断することが、精神保健福祉法の目的に照らして適切なのか、さらには社会的な犯罪予防という観点から見て、それが有効なのか可能なのかという点について、十分に検討することを、政府・精神科医療関係者・社会の皆さんにお願いしたいと考えます。
平成16年9月に厚生労働省精神保健福祉対策本部が提示した「精神保健医療福祉の改革ビジョン」では、「入院医療中心から地域生活中心へ」という方策を推し進めていくことが示され、平成22年6月の閣議決定においても、「社会的入院」の解消や精神障害者に対する強制入院等についての検討などが示されています。このような施策の流れの中で、犯罪予防を精神科医療に期待することは、歴史の逆行でしかありません。わが国の精神科医療は、ベッド数の多さ、入院日数の長さ、多剤大量処方など、世界的にも特異な状況にあります。入院中心主義という悪しき残滓が精神医療の改革を阻んでいます。私たちは、「病院から地域へ、施設から職場へ」といった方向をさらに推し進め、精神科医療が誰にとっても安心・安全で開かれたものにしていきたいと思います。
以上、私たちは、精神障害をもつ人たちが主体的に生きて行くことができる社会のしくみをつくることを通じて、多様性が尊重され、障害の有無にかかわらず一人ひとりが尊重され主体的になれる社会をめざし、これからも活動を継続していくことを改めてここに表明いたします。

2016年9月16日
認定NPO法人地域精神保健福祉機構(コンボ)