特集3 「がんばる」って何でしょう?


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著者:田島美幸(慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室)

「がんばります!」
これは、私が若い頃によく用いていたフレーズでした。
何かを依頼されたときには「がんばります!」と応じ、たいへんなことがあっても、「がんばろう!」と自分に言い聞かせ、人に対しても、
「がんばってね!」
「一緒にがんばろうね!」と声をかけていました。

「がんばる人」は、元気で明るく、前向きでポジティブ…
そのようなイメージを思い浮かべる方も多いのではないかと思います。
私もそう思っていましたし、そういう自分になりたいと思っていました。

がんばるって何?

では、「がんばる」とはどういうことでしょうか?
よい成果を出せるように全力で取り組むこと、限界までチャレンジすること、つらくてもあきらめないこと、弱音を吐かないことなどでしょうか。

あるとき、笑いながらある先生が私に言いました。
「田島さんはいつも『がんばります!』って言うよね。でも、『がんばる』は『我を張る』が語源とも言われているのだよ。まぁ、そんなに力まなくても、ほどほどでいいんじゃない?」
「がんばる」ことはいいことだと信じて疑わなかった自分は、先生からそのように言われて、少し恥ずかしさを感じました。
そして、「がんばります!」という言葉を口にする前に、先生のその言葉を思い出すようになりました。

がんばらないって何?

さて、何だか言葉遊びのようですが、次に「がんばらない」とはどういうことかを考えてみましょう。
全力で取り組まないこと、あきらめること、手を抜くことなどでしょうか。
このような言葉はとてもネガティブに聞こえますね。

しかし、「がんばらない=我を張らない」と捉え直すと、「自分を押し通さない」「無理強いしない」ということにもなります。
「みんなががんばる職場」を「みんなが我を通して、無理を強いる職場」と言い換えると、何だか殺伐とした居心地の悪い職場のようにも思えてきます。

新型コロナウイルスで

昨年は新型コロナウイルス感染症の蔓延に翻弄された1年でした。
否応なく、私達の考え方の基準が根底から揺さぶられた1年であったとも感じます。
「がんばるな、ニッポン!」というキャッチフレーズのCMが流れ、賛否両論がありながらも注目されました。
「定時にみんなが揃って職場にいるために満員電車で通勤すること」
「体調不良でも、這ってでも出勤すること」が勤労者の「がんばる」基準の1つであったことに気づかされたともいえます。

このCMは、私達の慣習やこれまでの価値観を盲目的に信じるのではなく、
「今、何をすべきなのか」を改めて問い直し、「100人100通りが認められてもよい」というメッセージを与えてくれたようにも思います。

何をがんばる?

「がんばらなくては!」と思ったときには、ふと立ち止まって、自分は今、「何を」がんばろうとしているのかを具体的に考えてみることができるとよいと思います。
がんばらなくてはならないと思っているときには、気持ちが不安だったり、焦っていたりして、駆り立てられるように漠然と「がんばらなくてはならない」と思っていることも多いものです。

A子さんの場合

A子さんの例を見てみましょう。
A子さんはまじめな性格で、仕事もていねいにこなします。
ただ、体調に波があり、仕事がはかどるときと、どうにも思うように仕事が進まない日とがあります。
不調時には、自分を叱咤激励して、
「人に迷惑をかけないように、がんばらなくてはならない」
「こんなこともできない自分はダメだ」と考えて気持ちが沈みます。
今朝もA子さんは、
「仕事の遅れを、何とかがんばって取り戻さなくてはならない」と考えて苦しくなりました。

1 ・具体的に考えてみる
しかし今日は、そう考えた後に深呼吸をして、
「さて、自分は今日、何をがんばろうとしていたのかな?」と考えてみました。
すると、昨日やり残した「伝票の整理をすること」をがんばろうとしていたと気づきました。

できればもう少し深堀りして考えてみます。
「伝票の整理は、今日中にどこまで仕上げたらよいだろう?」
「その仕事をもう少し分割すると、何と何に分けられるだろう?」
「分割した仕事のうち、優先順位が高いのはどれだろう?」

A子さんは改めて考えました。
伝票整理は消耗品関連と出張関連があること、月末の支払いを考えると、まずは業者への支払いが必要な消耗品関連の伝票を優先する必要があることなどに気づきました。やらなくてはならないことを小分けにできると、少し気持ちに余裕が生じるものです。
そして忘れないように、今整理したことをメモにして書き出してみました。

2 ・体調と調子に合わせる
そして次は、
「体調が悪い場合でもできる最低ラインはどこだろう?」
「調子がよいときにできる最高ラインはどこだろう?」と考えてみます。
両方のラインを見据えると、その中間に位置する現実的に自分がこなせるラインが見えてくるからです。

A子さんは、最低ラインの仕事と最高ラインの仕事を書き出してみました。
最低ラインは消耗品の伝票処理を終わらせること、最高ラインは伝票をすべて処理することですが、現実的なラインとしては、午前中に消耗品の伝票処理を終わらせた後に、調子がよければ、午後から出張関連の伝票の整理に手をつけることと決めました。それもメモに残しました。
そして自分の立てたプランを実際に試してみます。
実行に移す際には、自分がメモに書いたことに意識を向けるようにします。
「ちゃんと終わるだろうか?」
「他にもやらないといけないことがあるのではないか?」
などと心配になりますが、あれこれ考えると、気持ちが不安になりますし、集中できなくなります。
まずは、書き出したことをまっとうしようと考えて、そこに注力します。

3 ・ごほうびを考える
うまくできたら「自分はよくがんばった!」と自分をほめてあげましょう。
大人になると周囲はみんな忙しくて、ちょっとしたがんばり程度では誰も気づいてくれなかったりします。〝自分のがんばりは自分でほめる!〟と決めて、少し大げさなくらいに自分をほめてあげましょう。
がんばったときのごほうびも必要ですね。
モチベーションが上がる小さなごほうびも決めておきましょう。
A子さんは、消耗品の伝票処理が終わったら、〝ランチにデザートをプラスする!〟というごほうびを決めました。

4・ 評価する
思ったようにうまくこなせないときもあります。
そんなときには、
「自分のがんばりが足りなかった」と捉えて自分を責めるのではなく、
「目標設定(プラン)が適切でなかった」と考えて、もう一度、基準を見直してみるようにします。

5・自分の体調とがんばりの関係を知る
こんなことを少しずつくり返していくと、自分の体調と現実的に自分が「がんばれる」程度の相関(2つの関わり合い方)データがたまり、無理のない「がんばり」ができるようになります。

基準を何にするか

私達は小さなときから他人と比較されて育ちます。
そして、外にある基準と自分とを照らし合わせながら自分の状態を把握するようになります。
それは自分を成長させるために必要なことですが、時に、
「自分は、他人と比べてがんばっていない」と自分をいじめたり、自分の価値を低く見積もることにつながったりもします。

また、外部の評価が基準になると、ポジティブな評価がないと
「自分はがんばれていない」と感じやすくなったりもします。
人との比較ではなく、自分の「がんばり」の視座を心の中に据えられるとよいですね。

 

表:自分の「がんばり」の視座を作るコツ
 1. 「何を」がんばらなくてはならないのか、具体的に考えてみる
今日中に仕上げないといけないことは何か?
それはいくつかに細分化できないか?
細分化したことの優先順位は?
それを行うのにどの程度時間がかかりそうか?
 2. 自分の体調や調子と照らし合わせて考えてみる
体調が悪いときにもできる最低ラインは?
体調がよいときに行う最高ラインは?
今日の自分が現実的にこなせるラインは?
 3. うまくできた際のごほうびを考えてみる
心がワクワクするような、ごほうびを考える!
4. 何をどの程度できたかを評価する
うまくできたときには、自分にごほうびの言葉や楽しみごとを与える
うまくできなかったときには、プランのどこに無理があったのかをふり返る
 5. 1~4をくり返して、自分の体調と現実的にがんばれる程度の相関データを集める

 

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