認知行動療法の誤解(医師)


「こころの元気+」2017年2月号(120号)より

いろいろ応用できる認知療法をじょうずに使ってみませんか

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大野裕(おおのゆたか):認知行動療法研修開発センター理事長

File.91 認知行動療法の誤解 


 昨年の日本精神神経学会の学術総会で、私は認知行動療法について教育講演をする機会を与えられました。そのときのタイトルが「うつ病の認知療法・認知行動療法:誤解を正す」です。

「誤解を正す」という、ちょっと大げさな副題をつけたのは、認知行動療法について誤解されている部分が少なくないからです。
 認知行動療法は、たくさんの人の協力で、ずいぶん広く受け入れられるようになってきました。
 医療場面はもちろんのこと、保健や福祉、職場や教育、さらには司法の分野でも使われるようになり、そうした領域で活躍している人達やピアサポーターの人達の助けになればと考えて、私も昨年末に『保健、医療、福祉、教育にいかす簡易型認知行動療法実践マニュアル』を自費出版しました。

 さて、このように認知行動療法が広く使われるようになると、いろいろな誤解が生まれます。そのために、効果が上がらないだけでなく、好ましくない効果が出て、悩んでいる人がさらに悩むようになっては困ります。
 そうしたことが起きないようにと願って「誤解を正す」という副題をつけたのですが、その中でひとつ取り上げたのが、「認知行動療法は考えのクセを知って、それを変える治療法だ」という理解です。

 この考え方はまったく間違いだというわけではありませんが、2つの点で誤解を生みやすい表現でもあります。
それは「心のクセを変える」と「考えを変える治療法だ」という点です。

心のクセを変える?

 まず、「心のクセを変える」という表現ですが、これだと心のクセがまったく悪いもののように聞こえます。
 しかし、心のクセには、悪い面だけでなく、よい面もあります。だからこそ、クセとして残ったともいえます。
 たとえば、完璧主義を考えてみます。
「白黒思考」で、少しでもよくない面があると、「よくない」と決めつけると苦しくなります。しかし、「白黒思考」ができるから、きちんと問題に取り組むことができます。逆に「白黒思考」ができないといい加減になってしまいやすくなります。
「べき思考」も同じです。「こうすべきだ」と考えて自分を縛りすぎると苦しくなります。何かうまくいかなかったときに、「こんなことすべきじゃなかったのに」と自分を責めるとつらくなります。
 しかし、その一方で、「べき思考」ができるからこそ、がんばることもできます。少しつらくても、「大切だからやるべきだ」と考えれば、がんばれるようになります。
 要は、考え方のクセが悪いのではなく、使い方次第でクセが役に立つこともあれば、つらさを引き出すこともあるということです。
 それに、クセは簡単になおすことはできないので、どう上手に使うかが大事です。

考えを変える?

 もう一点、「考えを変える治療法」についてですが、認知行動療法は考えを変えるアプローチではありません。認知行動療法は、問題解決を手助けするアプローチで、考えを変えるのはその手段でしかありません

 たとえば、「自分は無力だ」と考えているときに「無力だとは言い切れない」と考えを変えたとしても、気持ちが楽になるとは限りません。それに、ある分野では確かに能力が足りないことだってあるでしょう。

 ここで大事なるのは、無力かどうかではなくて、どのような問題のために自分が無力だと考えているかという点です。そして、その問題を解決するためにはどこにどう働きかければよいかを考える必要があります。
 ところが、無力かどうかと考えているだけでは、問題に対処する方向に進むことができません。
 そうしたときに、無力だという極端な考えから自由になって問題解決に進めるようにするのが、認知行動療法でいう「認知の修正」です。
 学会では、こうした話題を中心に話をして、一定の理解を得たように思いました。