特集1
『私たちの精神疾患』が教えてくれたこと (230号)
○「こころの元気+」2026年4月号より
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筆者:笠井清登(かさい きよと)
東京大学医学部付属病院 精神神経科
▼笠井清登(筆者)より
コンボの書籍『私たちの精神疾患』をとおして知った幻聴や妄想について、今回はわかりやすいように架空の座談会形式でお届けします。(『私たちの精神疾患』については→コチラ)
▼座談会の架空のメンバー紹介
①Aさん:ピアサポーターで架空の座談会の司会
②B医師:精神科医
③Cさん:当事者で自分だけに聞こえる声(げんちょう)がある

▼架空の座談会
Aさん(ピアサポーター、司会)
今日は、いわゆる「幻聴」や「妄想」と呼ばれる体験を、当事者・医療者・ピアサポーターがどのような言葉なら理解できるのか話し合いたいと思います。
B先生、まず医学的な「幻聴」と「妄想」の説明を簡単にお願いします。
B医師
はい。
医学用語としての「幻聴」は、外界に存在しない声が聞こえる体験のことです。
「妄想」は、事実ではないことを確信することです。
▼「幻聴」という言葉
Aさん
ありがとうございます。
今日は時間の関係上「幻聴」について話したいと思います。
Cさんは「幻聴」という言葉をどのように感じますか?
Cさん(当事者)
正直に言うと、「幻」と言われると、自分の感じていることが間違いとして扱われているような気持ちになります。
本当はとても「リアル」で怖いこともあるのに。
『私たちの精神疾患』という本には「『現聴(げんちょう)』という言葉のほうがしっくりくる」という当事者の方の声が紹介されていて、「まさにそれだ」と思いました。
B医師
なるほど。
患者さんの主観的な体験としては、現に聞こえているのだから、「現聴」という表現になるわけですね。
▼すれ違いの理由
Aさん
B先生、お医者さんは「幻聴」という言葉を使う一方で、当事者は「現聴」のほうがしっくりくる。
このようなすれ違いは、どこから生まれてくるのでしょうか?
B医師
精神医学が今から100年ほど前に体系化されていった際、医学の考え方として、症状に専門家が名前をつけ、その組み合わせによって診断分類を行うという歴史がありました。
専門家が一方的に名前を与え、それが「客観的でよい」とされる一方で、当事者の主観的な体験は軽視されてきましたが、当時は医学としてあたりまえだと考えられていました。
現在のように、当事者の体験を大切にしようという機運が高まっている時代には、改めて当事者と専門家が一緒に用語の見直しを相談していくことが必要なのかもしれません。
実は私も数年前、高校の保健体育の教科書で精神疾患の症状説明を執筆しましたが、その際は「幻聴」という言葉でしか説明できませんでした。
今後、高校や精神医学の教科書の中で「当事者は『現聴』と感じている」という視点が紹介されるようになれば、とても意義深いことだと思います。
Aさんもご経験があるかもしれませんが、「現聴」という言葉はしっくりきますか?
▼個人でなく周囲との作用
Aさん
はい。
「幻聴」よりは、ずっといいと感じます。
今ふと思いついたのですが、語呂合わせのように「圏聴(けんちょう)」というのはどうでしょうか?
生活圏などで使う「圏」です。
Cさん
それもわかる気がします。
自分のまわりに広がる関係性や環境といったニュアンスを含む言葉ですよね。
私が感じている「声」は、自分の中だけから生まれるものではなく、「圏」から響いてくる声なのかもしれません。
B医師
「圏聴」…。
それは医学の枠組みだけでは決して生まれなかった視点ですね。
声を「個人の異常」としてではなく、周囲の「圏」との相互作用から生まれる現象として捉える。
非常に深い概念だと思います。
▼共に考えていくことで
Aさん
私達の経験から、お医者さんには思いつかない言葉が生まれましたね。
Cさん
こうして一緒に言葉を探してもらえると、自分の体験が意味のあるものへと変わっていく感じがします。
B医師
医療者として、私自身も大きな学びをいただきました。
これからは、患者さんの主観的な体験によりていねいに耳を傾け、医学用語を当てはめるだけでなく、その方にとってどのような表現がしっくりくるのかを、一人ひとりと考えていきたいと思います。
Aさん
これからも当事者・医療者・ピアサポーターなどが共同で言葉をつくり、生きづらさの表現としての症状の理解を深めていけたらいいですね。
そして、「いい感じの自分」でいられる人が増えていくといいなと思います。
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