映画にはアンチスティグマの力がある(医師)


こころの元気+ 2013年12月号特集より


特集8
映画にはアンチスティグマの力がある

長崎大学医歯薬学総合研究科 精神神経科学教授
小澤寛樹


シネマ・サイキアトリー

「精神医学はどうもわかりにくい」 そんな言葉を相手から聞くと、私は精神疾患を描いた映画の視聴をすすめるときがあります。
『ビューティフル・マインド』、『明日の記憶』、『折り梅』、『ボーイズ・ドント・クライ』、『I am Sam』等々、最近のハリウッド、またヨーロッパやアジア、そして我が日本においても、精神疾患を題材としたすばらしい作品が増えてきています。
何より患者自身の視点に立つシーンに俳優のすぐれた演技力が伴うならば、病気になることの苦悩や希望について、観る側に深い理解や説得力を与えることが可能となります。
このように、映画作品の視聴を通して精神疾患への理解を深める手法(私は英語でCinema Psychiatry「シネマ・サイキアトリー」と呼んでいます)、これは医学教育の方法としても非常に有効です。

アンチスティグマの力(偏見を取り除く力)

私は、医学部生が4年次に受ける半年間の専門的な精神医学の教育カリキュラムとは別に、おもに1~3年生向けの入門的なゼミにおいて、この手法を用いたカリキュラムを半年毎に実施しています。
うれしいことに、このゼミを受講した医学部生の中から少しずつ、将来は精神科医になりたいと志望してくる学生が増えてきています。
ゼミを受講することにより、精神疾患への偏見を取り除き、さらにその道を究めてみたいという本人の興味関心をひき起こしたからでしょう。

また、今年4月から7月までの4か月間、大学の医学部ではなく、一般の学部生を対象にメンタルヘルス全般に関する講義を同じく映画視聴を組みこんだ形式によって実する機会を得られました。
この際、講義初回と最終回の日に、それぞれ精神疾患に関して自分がどのような偏見を持つか、受講者にアンケートをとりました。
その結果を少し紹介すると、「精神病患者は病院で暴力や危険行動をとると思うか」という質問に対して肯定する回答が、初回は33%→終了時には20%、一方否定的な回答が、初回は24%→終了時には30%になりました。
また精神科入院歴を理由に不動産業者にアパートの入居契約を断られた場合、これを不当」と回答した学生は、(初回)25%→(終了時)42%に上りました。
以上の結果を見ても、精神疾患を題材とした映画によるメンタルヘルスの啓発効果は非常に高いといえるのではないかと思われます。

疾患の見方を広げる力

また、次のようなできごともありました。もありました。
『ビューティフル・マインド』は統合失調症になった実在の経済学者ジョン・ナッシュの生涯を描いた作品としてご覧になった方も多いと思います。
映画の前半では、主人公ナッシュの大学時代から就職、結婚生活までの期間に彼が見たさまざまな幻覚が、観る者にそうとわからない仕掛けで描かれていきます。 

しかし統合失調症では、一般的に、自分への悪口やヒソヒソなど幻聴のほうが主訴である場合が多く、この映画では薬物依存による幻覚等と混同しているのではないか、と感じていたことがあります。
そしてあるとき、同じ統合失調症の患者さんたちと、この映画を鑑賞する機会がありました。
映画が終わった後で、私は「当事者である皆さんにしてみたら、この映画での表現に違和感を感じたのではありませんか」と問いかけたのです。
すると一人の患者さんが、「いや先生、まさにこの映画の通りです。幻覚であれ何であれ、間違いなくそこに実存しているのだと感じずにはいられないんです」とおっしゃっていました。
この経験以降、私は“精神疾患を描く映画とは、精神医学に縁遠い人たちを啓発するだけでなく、我々のような精神医療に携わる者にも疾患に対する見方や関わり方を広げてくれる働きがあるのだ”と考えるようになりました。

まだ観たことのない映画が、次は自分をどう変えてくれるか? 
そんなひそかな期待を持ちながら、新たな出会いを探して、映画館やDVDショップ、映画の情報サイトなどを駆け巡る日々をおくっています。