私たちにとって眠りとは何か(医師)


こころの元気+ 2010年12月号特集より


特集3
私たちにとって眠りとは何か

国立精神・神経医療研究センター
三島和夫


すべての動物は眠る

睡眠はすべての動物でみられますが、睡眠の長さはさまざまです。
一般的にコウモリやネズミなど運動量が多く(ちょこまか動く)、体重あたりの消費カロリー数が大きい動物ほど、睡眠時間が長い傾向があります。

すなわち、睡眠は活発に動き回り、疲労が蓄積したときにこそ生じる、休息のための生体現象であるといえます。
人は成長とともに、体重あたりの消費カロリーが減少します。
すなわちエコ型になります。
睡眠時間、特に深い睡眠が年齢とともに減るのは、理にかなったことなのです。

睡眠は、決して「脳全体が一様に休んでいる状態」ではありません。
眠っている間にも、脳活動はさまざまに変化します。

ヒトの睡眠は、ノンレム睡眠とレム睡眠という異なる二つの睡眠状態で構成されています。
レム睡眠は、眠っているときに眼球が素早く動くことから名づけられました。

ノンレム睡眠では脳波活動が低下し、睡眠の深さにしたがってさらに4段階に分けられます。
睡眠は深いノンレム睡眠(段階3と4)から始まり、朝方に向けて徐々に浅いノンレム睡眠(段階1と2)が増えていきます。
その間に、約90分周期でレム睡眠が繰り返し出現し、睡眠後半に向けて徐々に1回ごとのレム睡眠時間が増加していきます。

深いノンレム睡眠は、大脳皮質の発達した高等生物で多く出現します。
昼間に酷使した大脳皮質を、睡眠前半で集中的に冷却し、休養をとらせます。

レム睡眠では、全身の筋肉が弛緩し、エネルギーを節約して身体を休める睡眠といえます。
レム睡眠時の脳波活動は、比較的活発で夢をよく見るほか、血圧や脈拍が変動することから、心身ともに覚醒への準備状態にある睡眠ともいえます。

現代社会の眠り

質の高い眠りは、心身の休養のために欠かすことができません。
しかし現代社会は、夜勤の増加、通勤や受験勉強をこなすための短時間睡眠、夜型生活の増加など、睡眠や体内時計の変調を引き起こすさまざまな要因であふれています。

総務省の調査(平成18年社会生活基本調査)によると、日本人の睡眠時間は平均7時間42分で、過去20年間にわたり減少を続けています。
特に40代、50代の働き盛りの年代層の睡眠時間は7時間そこそこで、週末に長く眠ることで何とか睡眠不足を解消しています。
また、女性では家事の負担があり、睡眠時間が男性よりも短いことがわかっています。
子どもたちの遅寝や睡眠不足が、学習能力や情緒形成へ及ぼす悪影響も懸念されています。

睡眠不足や睡眠障害による休養不足は、人間の精神と身体に悪影響をもたらします。

たとえば、睡眠不足や不眠が続くと、日中の眠気、注意力低下、倦怠感、抑うつなどが出現し、人為的ミスの危険性が増大します。
アラスカでのタンカー事故、スペースシャトル・チャレンジャーの墜落、スリーマイル島での原発事故など勤労者の睡眠問題が原因となった大きな産業事故がいくつも知られています。

日本でも、過酷な勤務条件のため睡眠不足のまま運転している長距離ドライバーや、睡眠時無呼吸症候群(睡眠中の強いイビキや呼吸停止で睡眠の質が悪くなる病気)を患っている新幹線運転士の居眠りなどが問題になりました。

睡眠は、休養に必須であるだけではなく、記憶、気分調節、免疫機能の増強など、さまざまな精神機能や身体機能に関連しているとされます。
すこやかな睡眠を保つことは、活力ある日常生活をおくるための基本であるといえましょう。

睡眠障害とは?

快適な睡眠を得るための工夫をしても、不眠症状が続く、起床時の休養感がないなどの症状がある場合には、睡眠障害を疑ってみるべきです。

ただし、「不眠イコール不眠症ではない」ということをおぼえておくべきでしょう。
不眠症状が続いているだけで「不眠症」(他に原因のない慢性不眠症、原発性不眠症と呼びます)と安易に診断され、長期間にわたり睡眠薬を処方されている患者さんが少なくありません。

睡眠障害は100種類近くあり、不眠症だけではなく、睡眠時無呼吸症候群やムズムズ脚症候群(夜になると下肢のムズムズ、つっぱり、ほてりなどで寝苦しくなる病気。レストレスレッグス症候群とも呼びます)など、日本人でもよくみられる数多くの睡眠障害があります。
したがって、睡眠問題があってもそれが不眠症なのか、ほかの睡眠障害なのか正しく診断する必要があります。

実は慢性不眠がある方のなかで、原発性不眠症は約20%を占めるだけで、大部分は睡眠時無呼吸症候群、ムズムズ脚症候群、周期性四肢運動障害(足のピクツキで目覚めてしまう)、睡眠・覚醒リズム障害などその他の睡眠障害であることが知られています。
これらの睡眠障害のいくつかには、睡眠薬は無効ですし、逆に睡眠薬で悪化してしまう病気もあります。

精神疾患と睡眠障害

たとえば、私たちの調査の結果、統合失調症やうつ病で入院中の患者さんのそれぞれ四人に一人、五人に一人の方が睡眠時無呼吸症候群にかかっていることがわかりました。

睡眠CPAP(シーパップ)と呼ばれる夜間の呼吸補助器具による治療を受けていただくと、睡眠はもちろんのこと、日中の眠気や集中困難、意欲低下なども改善します。

残念なことに、大部分の患者さんでは正しく診断されていませんでした。
また、多くの方は睡眠薬を服用していましたが、時には睡眠時無呼吸症候群を悪化させることがあるので、主治医とよく相談する必要があります。

また不眠は、多くの精神疾患で最もよく認められる症状の一つですが、単なる症状ではありません。
たとえばうつ病では、他の症状に先駆けて不眠が出現することが多く、うつ病の発症や再発を予見する症状として注目されています。
また、長期に持続する不眠によって、うつ病へ罹患しやすくなることも知られています。そのため、各地で不眠を指標にしたうつ病の早期発見の試みが行われています。

また睡眠障害は、生活習慣病をはじめとするさまざまな身体疾患も増悪させます。
たとえば、睡眠時無呼吸症候群や不眠症はメタボリックシンドロームにしばしば合併し、高血圧、高脂血症、耐糖能異常(糖尿病)、高尿酸血症、逆流性食道炎(胸やけ)などを増悪させます。

睡眠不足や睡眠障害によって、さまざまな生活習慣病が増悪するメカニズムが徐々に明らかになっています。不眠を治療することにより、生活習慣病が改善することも明らかになりました。

「たかが不眠」と放置せず、長く続く場合には適切に治療することが大事です。

 

こころの元気+ 2010年12月号特集より