他国と比べた日本の薬の使われ方(家族)


「こころの元気+」2008年5月号より(文章は、掲載時の情報であることにご注意ください
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他国と比べた日本の薬の使われ方

~今は薬で生活が変わる時代なのに~(家族)

著者:小松正泰
 特定非営利活動法人あやめ会(家族)


家族の立場から

私は、長男が精神障害者の八二歳の頑固おやじの一人です。
いつも同じようなことばかりしゃべったり書いたりしていますので、もうご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、それは必ずしも年齢や頑固さのせいではなく、精神科医療や薬にまつわる諸問題解消のきざしがいつまでたっても見えてこないからなのです。

今回は、いつものように、わが国の精神科医療と世界のそれとの違い、多剤大量処方の問題、新薬(非定型)、減剤、減量、先生方へのお願いなどについて、家族の立場から書いてみたいと思います。
対象は主として統合失調症です。

わが国の病床数と平均在院日数

図1をご覧ください。
わが国の病床数が、他の主要国に比べて断トツにトップで、世界で二番目の国の約二倍、平均在院日数も突出していて、同じく二番目の国の約三倍にもなっていることがわかります。

これは、戦後国が補助金を出して病床増設政策を打ち出したためとか、かつて山間僻地にあった結核病棟が、特効薬の出現で退院患者急増のため精神科病院に転向したためなどともいわれています。
また諸外国では精神科病院の多くが国・公立なのに比べ、わが国では九割近くが民間病院であるため、経営的な面からも、急激な減床が困難なのかもしれません。

tk01図1

多剤大量処方について

図2をご覧ください。
わが国の統合失調症患者が服用している抗精神病薬の種類は、三剤以上が半数ですが、諸外国では単剤かせいぜい二剤がほとんどであることがわかります。

図3で、治療反応率とは、治療効果の率のこと、錐体外路症状(すいたいがいろしょうじょう)とは神経系の副作用(ふるえ、じっとしていられない、筋肉がこわばる、目が上がる、体が重くなる、不自然な姿勢など)のことで、CP換算値(シーピーかんさんち)で一日400mg以上服用しても治療効果は上がらないのに対し、副作用は服用量に比例して増加することがわかります。

しかもこのグラフは単剤の場合のもので、多剤併用した場合は、薬が相互に作用しあって副作用がさらに増幅することも考えられるそうです。

tk01図2-3
図4は、抗精神病薬の処方量を、一日のCP換算値で国際比較したグラフです。
前述のように適切な投与量は、CP換算値で約400mgといわれています。
また1000mg以上は大量投与といわれていますが、わが国の投与量が突出しており、平均がすでに大量領域にあることがわかります。体格の差を考えれば実に不合理です。

tk01図4

副作用止めの薬(抗パーキンソン薬、抗ヒスタミン薬など)がありますが、副作用止めの薬による副作用(口が渇く、便秘、排尿困難、記憶障害など)があり、諸外国では、錐体外路症状が発現した場合に投与を開始するそうですが、わが国ではセットメニューとして初めから1から二種類処方するのが普通になっています。

ですから、意欲がわかない、眠い、だるい、体が重い、ろれつが回らない、集中力がない、口が渇く、便秘などの一連の問題が、精神疾患によるものなのか、薬の副作用なのか、副作用止めの薬の副作用なのかを区別することさえ困難といった深刻な結果となっています。
精神障害者には内科的な合併症が多く、突然死が多い、平均寿命は健常者より短いなどとよくいわれますが、多剤大量処方と無関係であろうはずはありません。

ではなぜ、このようなことになってしまったのでしょうか?
わが国では、約五〇年前から「精神科特例」があって、精神科病院の設備構造および人員配置基準を定めています。
精神科は他科よりも、医療スタッフが少なくてもよい(医師は三分の一、看護師などのスタッフは三分の二)としているために、少ないスタッフが大勢の入院患者に対応しなければならなくなっています。
病室をおだやかに保つために薬を増やす。
増やしても効かなければ他の薬を追加し、ダメならさらに増量・追加する。
この繰り返しが、わが国独特の多剤大量処方を生んでしまったのだとよくいわれます。

新薬について

コントミン、ヒルナミン、セレネースなどの従来薬を定型抗精神病薬、リスパダール以降使われるようになった薬は、第二世代薬、非定型形抗精神病薬、新薬などと呼ばれます。
一般に新薬は従来薬に比べて、精神疾患に対する効き目は同等かややすぐれているといわれていますが、副作用がないわけではありません。
しかし深刻な錐体外路症状が発現しにくく、陰性症状や認知機能改善の効果が期待できることから諸外国では以前から新薬が主流のようです。
薬の効き方にも副作用の出方にも個人差が大きいのですから、薬の種類は多い方がよいに決まっています。
しかしわが国では、新薬の承認までに時間がかかりすぎます。

表1は、新薬の承認された年をアメリカと比較しています。
ジプレキサは五年遅れ、エビリファイは日本で開発されたにもかかわらず、四年も遅れて承認されました。
クロザピンは、他のどの薬でも効かない難治性患者の25%に効くといわれ、世界一〇〇か国で「最後の切り札」的に使用されていますが、わが国ではいまだに承認されていません。
注:日本では、この原稿掲載後の2009年に認可されました(商品名:クロザリル)

クロザピンがないのも、多剤大量処方の要因の一つとさえいわれます。

tk01表1

ただこの薬は、ひんぱんな血液検査が必要なので、投薬管理上のむずかしさはあるようです。

いずれにしても、新薬がもっと早く使えていたら、何万、何十万人の患者の症状がすでに改善して、自立や社会参加ができていた可能性もあり得ます。
ただし、これらの新薬は、単剤で使って初めて威力を発揮するそうですが、現実には多剤大量処方の上にさらに上乗せして処方されるケースが多く、これでは効果は期待できず、むしろ副作用増幅の危険が増すばかりです。

薬を減らす、新薬に切り替える

減剤は、もちろん簡単にはいきません。
長年のみ続けていた薬を、減らしたり変えるには危険がともなうこともあります。
主治医と充分話し合い、計画を立て、経過や変化を共有しながら、時間をかけて慎重に進める必要があります。
絶対に本人や家族の判断で行ってはなりません。

おわりに

多剤大量処方がなかなか解消されないのは、構造的な問題の他に、減剤・減量のノウハウが確立されていないためだと思います。
専門家の先生方には、少なくとも初発の患者には新薬の適量投与を徹底されるとともに、早期に減剤・減量技術の研究・開発・普及を実現され、患者の鎮静化ではなく、生活の質の改善、自立と社会参加促進をめざした医療の推進を図っていただきたい。
また、副作用の重篤化予防のためにも必要な血液検査、心電図測定等を実施されますようお願いいたします。

わが子も含め、一人でも多くの患者が薬漬けの危険から救われて、先進国にふさわしいレベルの精神科医療にかかり、一日でも早く、少しでもよくなってほしい一念で書きました。