脳研究からわかってきたこと(医師)


こころの元気+ 2014年1月号特集より


特集6 脳研究からわかってきたこと、変わること

理化学研究所 脳科学総合研究センター精神疾患動態研究チーム
加藤忠史


過去50年ほどで、精神疾患の理解は大きく進みました。

1950年頃、偶然向精神薬が発見され、同じ頃ドーパミンが神経伝達物質であることが判明し、’70年代に抗精神病薬がドーパミンD2受容体を介して作用することがわかりました。
94年に糸川先生、有波先生たちが、ドーパミンD2受容体の遺伝子の個人差が統合失調症の危険因子になることを世界で初めて報告し、精神疾患の分子生物学の時代が始まりました。
’01年のヒトゲノム解読を機に、ゲノムを調べる方法が進歩し、次々と統合失調症の原因となるゲノム異常が見出され、糸川先生たちの見つけた所見も、何万人もの研究で確認されました。さらに、’80年代末から普及したMRIによって、精神疾患に伴う脳の形や機能の変化が明らかになりました。
一方、日本では’90年代後半から脳科学が盛んになり、記憶学習のメカニズムやストレスによる脳の変化が解明されましたが、ほとんどは動物実験で、直接精神疾患には結びつきませんでした。

研究の進歩にもかかわらず、精神疾患の治療は、’50年代に発見された薬から今も大きな進歩がありません。
これは、臨床研究は観察にとどまり、因果関係がわからない一方、動物だけで精神疾患がわかるはずはないからです。精神疾患の解明のためには、臨床研究と基礎研究を統合した研究が必要なのです。

今後50年、これらを統合した研究を進めれば、精神疾患の根本的な原因が解明され、患者さんごとに脳の検査で原因を特定し、その原因に応じた根本的治療を行えるようになるでしょう。〝一度細胞を移植したらもう薬をのまなくてよい〟という神経幹細胞移植治療も可能になるかもしれません。
そして、精神疾患、神経疾患という区分もなくなり「脳疾患」と呼ばれるようになるでしょう。

脳疾患がこの世からなくなることはないでしょうが、精神疾患による3つの苦しみ(症状、副作用、偏見)がなくなる日は、必ず来ると思います。