双極性障害(躁うつ病)の診断(医師)  


こころの元気+ 2012年10月号特集より  (「こころの元気+」バックナンバーからの転載ですので、掲載時の情報であることにご注意下さい)→『こころの元気+』とは


特集2 躁うつ病の診断について知る

東北福祉大学統合福祉学部教授
西尾雅明


診断の歴史

今から百年以上前にドイツのクレペリンは、気分が高ぶる躁状態の時期と憂うつな気が持続するうつ状態の時期を周期的にくり返す病態を、「躁うつ病」という一つの病気としてまとめ、躁状態の時期がないうつ病も、「躁うつ病」の範囲でとらえていました。この「躁うつ病」は、以前は統合失調症とともに二大精神疾患として位置づけられていました。

しかし、一九六〇年代以降、原因や病態にもとづく診断は基準が曖昧で医師によって診断率に差があることを背景に、原因ではなく、症状の数や程度・持続期間など外から確認できる物差しで診断することが国際的に主流となりました。
そこでは、従来の「躁うつ病」は「気分障害」というこれまでより広い範囲の病像を含む病名に置き換えられました。 気分障害の分類では、従来の躁とうつをくり返す病像は「双極性障害」と呼ばれるようになりました。

診断のむずかしさ

双極性障害のおもなものは、双極Ⅰ型障害と双極Ⅱ型障害ですが、躁状態時のはげしさによって、Ⅰ型とⅡ型に分けられます。

近年、パーソナリティ障害(以下、PD)にみられる気分変動や、抗うつ剤による不安・焦燥感が軽躁状態とみなされてしまうことなどから、Ⅱ型の診断が乱発されていると指摘する声もあります。
ちなみに、Ⅱ型ではPDを併存することが多いといわれていますが、Ⅱ型とPDの関連はきわめて複雑で活発な議論がなされています。「Ⅱ型が境界性PDと誤診されている」という議論が起これば、その流れによって逆の誤診が多く生みだされる可能性も指摘されています。

以上から、無用な混乱や誤解を防ぐために、典型的なⅠ型の臨床像を示す場合のみを躁うつ病として、以下の記載を行います。

躁うつ病は、うつ病と誤診されることが多いといわれていますが、そもそも早めに躁うつ病の診断を確定できるとなぜよいかというと、
①安易に抗うつ剤を使用しない
②気分安定薬を積極的に使用する
など、うつ状態だけをくり返すうつ病とは違う治療方法に変わってくるからです。それは、患者さんの人生をよい方向に変えることにもつながります。

診断は、受診時の状態と病歴からなされますが、病因や病態がはっきりとしていない現状では、簡単に診断ができない のはやむを得ないことだと思います。
躁うつ病は、正しく診断されるまで、平均でも数年以上経過している、というデータがあります。多くはうつ状態から始まり、躁状態ないし混合状態(躁と、うつの症状が混在した状態)になって初めて診断がつきますが、診断に必須のこれらの状態の確認が、程度によっては把握しにくかったり、躁のときは、患者さんが「調子がよい」と受診しないことが多い、などの理由によって、診断が確定するまで時間がかかることが多いのです。

情報次第で変わる病名

診断では、躁状態としての受診歴はなくても、過去に何らかのエピソードがなかったかを確認します。このときに、「テンションが高くなりすぎて、周囲の人とトラブルになったことがあるか」という聞き方だけではなく、「今までで一番仕事が効率よくできていた時期はいつ頃か」と前向きな気持ちで答えられるよう質問を工夫することも大切になります。

本人に、可能な範囲で活動記録のようなものを書いてもらったり、家族など他者からの情報を得ることも重要です。
情報次第で病名が変わってしまうことを本人や家族に説明して協力を得るわけですが、躁うつ病でみられるような、典型的なうつ状態の特徴を有している患者さんが来院した場合には、そのときでなくても、どこかの時点で躁状態の特徴を説明し、そのような状態と思われた場合は早めに連絡ないし受診するようにと本人や家族に伝えておくこともあります。

典型的なうつ状態でみられる症状とは、もちろん例外はありますが、「原因とはいえないようなきっかけからうつが始まっている」、「急激にうつ状態になっている」、「夜中や早朝に目が覚めるタイプの不眠がある」、「朝目覚めたときが最も調子が悪い」、「好きな趣味もできなくなっている」、「数日単位でなくある程度の期間(少なくても週単位)一貫して症状が続いている」、「幻覚や妄想を伴うこともある」、などの症状です。
ちなみに、幻覚や妄想があっても、気分の波がある時期に限定している場合には、統合失調症とは診断しないのが一般的です。

躁うつ病以外の躁状態

臨床的に躁状態と考えられても、念のために脳神経系や内科的な異常(脳腫瘍や甲状腺疾患など)、麻薬や覚せい剤の使用など他に同様な状態を引き起こす可能性のある精神疾患をMRIや血液検査で除外することが診断上は欠かせません。

最後になりますが、うつ状態が改善したときに、「不快でつらいうつから回復したときの、人間としての自然な喜び」を反映して、躁的になることがあります。
もちろん持続期間や程度でも判断されることですが、躁的な状態をすべて躁うつ病の症状であるとか、抗うつ剤による躁転と扱わずに対応する専門家や周囲の姿勢も大切であろうと思います。