リカバリー志向のピアサポートグループについて(本人)


こころの元気+ 2014年9月号特集より


特集8
リカバリー志向のピアサポートグループについて
~言いっぱなし聞きっぱなしマニュアルができるまで~ ■各資料がダウンロードできます。(PDF)


コンボ共同代表
宇田川健


はじまりは…

2007年の1月、シンガポールからハリス・ウンさん(当時59歳)が奥さんと一緒に来日しました。
彼は統合失調症です。英語の家庭教師をして生計を立てています。そして、シンガポールで初めての患者会を組織し、当時東南アジアでは珍しかった実名での活動をしていました。
そして、そのとき栃木県さくら市の当事者のミーティングにハリスさんは参加し、私は偶然通訳として呼ばれました。

ハリスさんは明るい性格で、自分のことを話し終えると、「ヘイ! 経験をシェアしようぜ。みんな当事者なんだから。さあ、君どう?」と言いました。
シェアというのは「分けあう」ようなイメージです。
でも、なかなか話し始める人はいませんでした。
それでも「経験をシェアしようぜ!」と言い続け、みんなの固かった口がだんだんゆるんできて、それぞれが自分の経験を話し、お互いの理解を深め、アドバイスをしあい、共感したりしていました。

経験のシェア

ここに、ピアサポートグループのヒントがありました。
「さあ、経験をシェアしようよ」と、知らない人同士でどうすれば言い合えるのか?
その前提で集まって話をするのは、どうすればいいのか?
会の進行ができて、次の会の継続ができるしくみを組み立てるには等々、いろいろ考えなければいけないことがありました。

何もない状態からプリント1枚に、それらを盛りこんでできたのが「元気+サークルズのマニュアル」です。
よく、「言いっぱなし、聞きっぱなしの会でしょ」といわれますが、経験や感情をシェアして、それに対していろいろ話を広げるためのきっかけになるものです。
要は、ハリスさんの言っていた「さあ、経験をシェアしようぜ」から始まった長いミーティングが、うまく回るようにすればよかったわけです。
だから、その場でテーマを出し合って、決めて、そのテーマについて参加者一人ひとりが、話をして、それに対して感想を言ったり、アドバイスをしたりして、その後の生活につながっていくようなしくみをつくりたかったわけです。
つまりマニュアル通りにしなくてもよくて、きっかけであればいいのです。
「集まってお互いに深く知り合い、元気に生きていこうというふうになっていけばいいなあ」と思っています。

さんま役を回そう

参考になったのは当時、明石家さんまさんがやっていたトーク番組です。
今では「踊る!さんま御殿?」がそれっぽいですが、当時は「恋のから騒ぎ」でした。
さんまさんは、すごい技術で笑いにもっていきますね。
でも、私たちはファシリテート(指示を出したり、指導したりしないで、発言をうまく促すだけ)の役をひとつのミーティングにつき、一人の人がやって、次には別の人がやってというふうに、うまく「さんま役」を回します。
そうすれば参加者みんなが平等にファシリテートの役を自然に担っていきます。

「さんまさんほど元気ではなくても、『リカバリー』に近づいていけるしくみができればいいなあ」と思い、まず、「元気+サークルズ」のもとネタになる、ただの「例会次第」というプリントが1枚と、「例会記録」というプリントが1枚でき上がりました。

マニュアルづくりに終わりなし

それをもとに、2年前からみんなで「グループを立ち上げるには、こういう手順を踏んだほうがいいんじゃないか」とか、「会の進め方はこういう工夫を盛りこんだほうがいいんじゃないか」とか、「これはわかりづらい」とか、自分たちのグループではああだ、こうだというふうにやり合った結果、マニュアルというものは決して完成しないということがわかりました。

なので、結局できあがったマニュアルの題名は「仲間の交流とリカバリー(元気+)の輪を広げるための『ピアサポートグループ』(元気+サークルズ)の進め方・立ち上げ方マニュアル2013年度暫定版」となりました(暫定=今の時点で、仮の)。

「リカバリーに終わりなし」とよく言われるように、「リカバリー志向のマニュアルづくりに終わりなし」です。

進め方とマニュアル

ここで行われることは、決して「言いっぱなし、聞きっぱなし、その場で終わり」ではなく、「経験をシェアする、それで、その後につなげる、でもその場で話し合われたことは、他言しないし、持ち帰らない」ということです。

話が出ないときは、「その辺にある『こころの元気+』を読み合って、そこから元気+な会話が始まるのがいいでしょう」ということにもなっています。
ひとつの話題で全員が話をしたら、必ず休憩をとります。
ピアサポートグループに参加して疲れてはいけないんです。
疲れるのはファシリテーターさん一人でいいのです。
そしてそれを持ち回りでやるのです。
そうするとグループが成熟して、時間が経てばみんながファシリテーターを経験し、みんなのリカバリーが勝手に始まって、みんなが勝手な行動をするのです。
それでいいのです。

しかし、第1回元気+サークルズ@コンボ(会議室での読者交流会として始まった)では、(マニュアルがまだありませんでしたが)参加者は0人でした。
つまり私一人がコンボの会議室でお茶とお菓子を用意して不安な顔をして待っていたわけです。
そして、悲しい終了時間が来て、事務仕事に戻ったわけです。
初めはそんなものです。人の集まりというものは何年もやって初めてうまくいくものだと思います。

患者会のように「一人の輝ける勢いのある当事者のもとに集まって、その人がきらいになったら離れていく、それで終わり」というのではなく、プリントが1枚あって、あとはネタを探すのに『こころの元気+』が手近にあれば、自分からミーティングを開けるように工夫したのがマニュアルです。
一人の「明石家さんまさん」でなく、大勢の「リカバリーの輪」が広がっていくようなしくみをつくりたいわけです。
そういうわけで、マニュアルはいつまでたっても暫定版でしかないのです。

マニュアル利用の他事業

コンボがこのマニュアルやプリントを利用した事業には、ピア・サポート・フォーラムとピア・ネットワーク・プロモーション・プロジェクト(PNPP)などがあります。
そこではこのマニュアルと掲示用のルールと表裏一枚の進め方のプリントが配られ、共通点を持った人たちで3から6人の小グループに分かれてもらいます。
そして突然ファシリテーターを小グループの中で決めてもらいます。そのファシリテーターがプリントに従って、「元気+サークルズ」を進め、終わったら解散してもらいます。
解散したら、そこで話されたことはその場に置いていってもらって、というふうになっています。

必要なことを経験する

これ、かなり無理のあることです。
少ない時間でピアサポートグループというものを経験してもらうには、人と人との近さのいやな感じや、突然わからないことが起こるとまどい、予想していなかった責任、自分で行わないといけない決定がふってくる体験ということも一度にグループ内でみんなに経験してもらいたいと思っています。
リカバリー志向のピアサポートグループをつくるためには、最低限これは必要と思われる要素なのです。 人との近さ、とまどい、責任、決定というのは、いろいろいわれているリカバリーの要素です。
リカバリーの過程で起こりうるものです。
結構きついのですが、慣れれば、普通のことになるものですよ。