これからの精神科における標準的な医療・保健・福祉サービスのあり方(専門職)


「こころの元気+」2007年4月号より


これからの精神科における標準的な医療・保健・福祉サービスのあり方
鈴木友理子/国立精神・神経センター精神保健研究所 成人精神保健部室長


はじめに


精神科における治療や支援に皆さんはどのようなことを期待するでしょうか?カウンセリング、薬物療法、その他さまざまな治療法、日常生活でのさまざまな支援など、いろいろ思いつく可能性があります。皆さんは、「これはきっと役に立つだろう」、と期待してこれらの治療や支援を受けたいと思うのでしょう。では、そもそも、「この治療は効果がある」、とか「役に立つ」、とはどのように判断されるのでしょうか?ここでは「効果がある」とはどのようなことかについて、まず説明します。また、これまでに効果が証明された精神科領域での治療法について簡単にご説明します。そして、これらを標準化するための普及プロジェクトの紹介を通じて、標準的な精神医療・保健・福祉サービスについて考えてみたいと思います。


科学的根拠とは?


皆さんは、「エビデンス」や「科学的根拠」という言葉を聞いたことがありますか?テレビや雑誌で、「この食品(例えば納豆)はダイエットに効く」、「この方法でやせました」などとよく宣伝されていますね。でも、本当かな? と疑問に思うことがあるかもしれません。
少し前の話ですが、テレビで放送された内容は、実験結果や専門家によるコメントが捏造されていて、その根拠はない、ということがわかり問題になりました。では、精神科の治療で「この薬は効きます」とか、「この方法で支援することは役に立ちます」、などと専門家がいうときに、一体その効果とはどのように決められたものなのでしょうか?それは、治療をうけるグループと受けないグループの二つをつくり、それぞれ治療を受けた後での変化(たとえば症状の程度・満足度・副作用など)を測定することでわかるのです。これは、無作為化比較試験(RCT)といわれています。
この方法によって治療を受けたグループでよりよい結果が得られた場合に、その治療に「科学的根拠(エビデンス)がある」といえます。このような治療効果の評価の仕方は、薬物療法でも、それ以外の心理社会的療法(認知行動療法やケースマネジメントなど)でも用いられる方法です。


なぜ必要なのでしょうか?


このような研究で、もう一つ大切なことは、この治療を受けるグループと受けないグループは参加者の希望や意志で決められるのではなく、無作為に割り付けられる、という点です。なぜこのような手続きが必要なのでしょうか?
新しい治療法には多くの人が期待を抱きます。それゆえに普段以上に熱心に治療に取り組んだり、「きっとよくなるだろう」、という期待からより好ましいほうに回答や評価をすることにより、結果として効果が過大評価されることを防ぐためなのです。
こうした研究は実験的な性格をもち、研究にご協力いただく方にはご不便もおかけするのですが、このような方法で得られた研究結果は科学的根拠があると信頼され、治療法やサービスのあり方を考える際に重要な参考資料となります。
ひいては多くの同じ疾患や悩みをもつ人のために、精神保健の治療やサービスの向上に貢献することになるのです。


普及にむけた動き


このような取り組みは日本ではまだまだ発展途上の段階です。精神科の治療では、お薬と同じくらい心理社会的な支援も必要です。特に日本では心理社会的な支援のあり方について、さらに整備をしていくことが一層求められます。では、このように効果が明らかになった治療法や支援法を必要とする人に行き渡るようにするためには、どのような取り組みが必要でしょうか?ここでアメリカでの取り組みについて簡単にご紹介しましょう。アメリカではこれまで治療法や支援プログラムに関するこのような研究とエビデンスの蓄積が進みました。しかし、また別な問題も明らかになりました。それは、「効果がある」と明らかになったプログラムも、実は必要な人に行き届いていないという現実世界での研究と、サービスのギャップが明らかになったのです。いかにその治療法が素晴らしいものであるかがわかったとしても、そのプログラムを実施するには、支援者側の準備、研修、財源の確保、実施後にそれが意図した方向に動いているかの確認など、さまざまな社会基盤が必要となります。そこで、この解決法を求めて、サービスに関する研究・科学を実施・普及に橋渡しをする取り組みが始められ、アメリカでは、これらを一つのパッケージにまとめて「全国科学的根拠に基づく実践(EBP)ツールキットプロジェクト」が展開されました。この取り組みによって、特に効果があると実証された心理社会的な治療法の四つ(表参照)が紹介されており、これらの治療や支援の普及を進める取り組みが始まりました。ごく簡単にそれぞれのプログラムを以下に紹介します。

●包括型地域生活支援(ACT)プログラム
これは、重い精神障害をもつ人が地域でその人らしく生活できるように、精神科医を含む多職種チームが原則二四時間対応で訪問によりサービスを提供します。提供されるサービスは医療・保健・福祉領域すべてにわたりますが、具体的には、症状管理、住まい、経済、就労、家族支援、人間関係、日常生活などその人の必要とする課題に沿って決められます。

●就労支援プログラム
これは、重い精神障害を持った人が、仕事をしたい、という希望を持ったときに、すぐに一般就労できるようにその人の好みや特性にあった個別化したサービスを提供します。これは、職探し、面接の準備、就労してからも継続的な支援、職場訪問などによる現場での支援を重視するものです。

●家族心理教育
家族心理教育は、精神疾患や障害に関する情報提供、問題解決、経験のわかち合い、そしてグループによる支え合いにより、家族と当事者が問題への対処技法を身につけたり、回復に向かう支援をするプログラムです。

●病気の自己管理と回復(IMR)プログラム
病気の自己管理と回復(IMR)プログラムは、当事者がその人にとって大切なゴールを定め、それに向かって進めるように個別、あるいはグループで取り組んでいくプログラムです。そこでは、認知行動療法や、さまざまな心理療法が多用され、症状をふくめた自分の生活の自己管理を行い、回復に向かってすすむよう当事者と専門家が協働で取り組むプログラムです。
これらのプログラムを日本でも利用できるようにするために、わが国でも現在研究が進められているところです。

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表  特に効果があると実証された心理社会的な治療法
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●包括型地域生活支援(ACT)プログラム
●就労支援プログラム
●家族心理教育プログラム
●病気の自己管理と回復(IMR)プログラム


どのようなメリットがあるのでしょうか?


患者さんは一人ひとり病状や回復の段階、薬や治療法との相性などが違っています。自分にとって必要な治療を見極めるためには、ご本人と主治医や支援者と一緒に考えていく共同作業が必要になります。
では、どのように決めていくのでしょうか?
過去の経験は多いに参考になりますが、ご本人や主治医の個人的な体験だけを参考にするよりも、多くの人の経験を参考にするほうが、個人差による影響を少なくすることができます。「この薬やプログラムは○○%の人には効きました」、という説明があることで、効果についてどの程度期待できるのかがわかります。それをもとに自分にとってはどのような効果が期待できるのかを考える基準点とすることができます。
標準的な治療とは、ある治療法をすべての人に押し付けることを目的としているわけではありません。一人ひとりが主体的に治療、支援、そして生き方について選択するときの判断の材料のひとつでしょう。
そして必要としている人にサービスが行き届くようにそのサービス提供の仕組みを整備し、そのうえで考えられる選択肢を提供し、一緒に考えていくのが専門家の役割ではないか、と考えています。
つまり、ご本人と専門家、ご家族など大切な人とよいパートナーの関係を築いて、ともに取り組んでいるものではないかと思います。