時代で病名が変わる理由(医師)


こころの元気+ 2015年2月号96号特集より  『こころの元気+』とは


特集10 時代によって、病名が変わるのはどうしてか?

国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター
大野裕

精神疾患の病名は、時代によって変わることがあります。
それは、病名が、充分な実態の裏づけのないレッテルだからです。
実態のないレッテルと表現したからといって、私がそれをまったくよくないと言っているわけではありません。
レッテルには2つの役割があります。
ひとつは、レッテルを張ったものの中身がどのようなものか、内容をあらわす役割です。
そしてもうひとつ、その内容を伝える役割もあります。

病名に実態がないと書きましたが、それは精神疾患の原因がわかっていないという意味です。
たとえば「がん」であれば、がん細胞があるかどうかで判断をします。感染症であれば、どのような細菌やウィルスに感染しているかを検査で調べることができます。
しかし、精神疾患は、その原因になる体や脳の変化がわかっていないのです。
ですから、精神疾患では、症状や病気の経過、治療の効果など、共通した特徴を持つ状態をまとめて病名をつけています。

たとえば、うつ病であれば、うつ症状が2週間以上続いて、そのためにつらくなって日常生活に支障が出ているときに診断されます。
その原因がわかればよいのですが、まだそれがわかっていないのでそうした分け方をして、「うつ病」というレッテルを貼ります。
そして、ある共通の治療で一定の効果が期待されるだろうと考えます。

研究が進むと病名もできる

もちろん、病気の原因を探るいろいろな研究が進んではいます。そこで、その研究の成果をもとに、新しい分類や病名がつくられることになります。

米国精神医学会の新しい診断分類DSM-5が、うつ病と双極性障害(躁うつ病)をまとめていた「気分障害」という表現をやめたのは、最近の研究から、うつ病と双極性障害は違う病気だという可能性が高くなったと判断されたからです
また、以前に、躁うつ病と呼ばれていた状態を双極性障害と呼ぶようになりましたが、これも躁状態とうつ状態の二つの極端な状態が存在する病気は、うつ病とは違うひとつの病気なのではないかと考えられてのことでした。

病名はある状態を表すレッテルですから、このように研究が進むにつれて、病気の内容の理解が変わり、それを反映するように病名が変わることがあります。

イメージを変える

病名がレッテルだとすると、ことさらマイナスのイメージを与えるような表現は好ましくありません。原因がわかってなくても、その状態をきちんと受け止めて、困った問題を解決していけるようなレッテルが望ましいといえます。
そのために、マイナスのイメージを与えすぎる病名が変更されることがあります。
その一例が統合失調症です。以前は精神分裂病と呼ばれていましたが、精神が分裂するという表現は病気の実態をきちんと反映していませんし、精神が分裂しているといわれると絶望的な気持ちになってしまいます。
そこで、当事者や家族、専門家を中心に数年にわたって議論が重ねられ、精神機能をうまく統合できない状態という意味の統合失調症という表現が使われるようになりました。
このように、病気の内容を適切に伝えられるように病名を変えることもあります。

病名でなく人を診る

このように、病名は時代によって変わることがありますが、私はレッテルでしかない病名にふり回されすぎるのは好ましくないと考えています。

診断分類が変わったり、病名が変わったりすると、ちょっとした騒ぎになります。
昨年も、DSMという米国の診断分類が変更になったこともあって、病名への関心が高まりました。
しかし、DSM-5の最初の解説にも書いてありますが、病名は治療のガイドでしかありません
病名が決まったからといって、誰にも同じ治療が効果的なわけではありません。

病名は治療のための重要な参考資料のひとつですが、その人の生活環境や人間関係、これまでの生い立ち、能力など、さまざまな要因を考えながら、その人にあった治療の計画を立てていくことが絶対的に必要です。
経過を見ながら、柔軟に治療方針を変えていく必要がありますし、その人をサポートする仕組みを考えていくことが何よりも大切です。

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